追憶T
ずっと後悔していた。 もしも時間が戻るなら――――――― 何度そう考えただろう。 でもいつも虚しさだけが残った。 どんなに祈ったってもう元には戻らないのだから。 俺の父親は上場企業の社長でいわゆる上流階級に属する一家だった。 何不自由のない暮らし。 それは世間一般でいうところの幸せなのかもしれない。 けどその中に俺は違和感を感じていた。 俺が望もうと望むまいと俺の前には決められた道があるだけだ。 そのレールの上を従順に進むだけ・・・。 いつからかそんな人生に不信感を持ち始めた。 抵抗してもしなくても何も変わらない。 俺の人生って何だ? そんな疑問が頭から離れなくなった。 抵抗してもしなくても一緒ならもうどうでもいいや――――――― 父親が嫌いなわけではないし母親が嫌いなわけでもない。 家族に対しての愛情はあるし、友達づきあいだってそれなりにやっていた。 けど俺の心にはいつしか空洞ができていった。 高校生になった頃、俺は物事への執着というものが既になくなっていた。 人生そのものに興味を失くして、ただ淡々と日々を過ごしていたとき、あいつに出会った。 桐谷奈緒に。 最初は物好きなヤツとしか思っていなかった。 どうして俺に関わってくるのだろうと。 今から思えば、心優しいあいつは1人でいることの多い俺を放ってはおけなかったんだろう。 あいつは俺の隣でいつも笑ってた。 あたかもずっと昔から隣にいたかのように。 でも不思議とうっとうしさは感じなかった。 むしろ彼女が与えてくれる心地いい時間に酔いしれてしまっていたんだ。 この幸せが続くと信じて疑わなかった。 まさかそれが崩れてしまうなんて夢にも思っていなかったんだ。 もう何もいらないと思っていたけど、欲しいものができた。 そのことに気がつくのが遅かったんだ。 俺はあいつとの時間に、あいつに甘えていたんだ。 そして無意識のうちに考えないようにしていた。 俺は何かを望むということが怖かったんだ。 望もうと望むまいと変わることのなかった人生。 だったらなるようにしかならないだろう・・・。 そしてあいつに“好きな人”ができた―――――― 嬉しそうにその好きな人の話を俺にしてくる。 そして初めて気がついたんだ。俺の中で大きくなっていた気持ちに。 自分の胸の中の歯がゆさに。 あいつが好きな人の話を俺にするたびに、俺の中にはどうしようもない暗い感情が芽生え、広がった。 俺の中のあいつへの独占欲が大きくなり俺を苦しめた。 そして、それは起こった。ある日の出来事。 放課後あいつの好きな人が在籍するクラスの前を通ったときに聞こえてきた会話―――――― 「お前2組の子どうしたんだよ?」 「あ〜奈緒?あいつはね8割がた落ちてるよ。そのうち告白してくるんじゃねぇかな〜。ま、けっこう楽勝だったぜ」 「お前マジ悪いやつだなぁ。あの子けっこう可愛かったのに」 「可愛いからこそ遊び甲斐があるんじゃねーか」 「あ、そっか。あははは!」 瞬間俺は頭に血が上った。 「おい、お前今何て言った?」 男は突然の声に驚いて振り返った。 「!!・・・はっ?誰、お前」 「何て言ったって聞いてるんだよ。・・・答えろよ」 「お前にカンケーねーだろっ!」 「・・お前なんか、奈緒にふさわしくない」 「はぁ?何お前、もしかして奈緒に惚れてんの?だったら安心しろよ、すぐやるからよ」 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。 そして・・・・気がついたら相手を殴ってた。 夢中で殴った。人を殴るなんて初めてだった。 「何・・・してるの・・?」 突然振ってきた言葉。 今、一番聞きたくない声だった。 一番見られたくない光景だった。 この状態を見てあいつはどう思うのだろうか。 俺を・・・軽蔑、するのだろうか。 「晃くん・・・?」 ぼろぼろになって倒れていた男が奈緒に話しかけた。 「あ、桐、谷・・・。コイツ知り合い?いきなり・・殴られて、マジ・・意味わかんねーんだけど」 その言葉であいつは俺を見上げた。 我に返った俺はいたたまれなくなってすぐさま教室を出て行った。 あいつの視線に耐えられなくて――――― |