旅立ちのとき
連れてこられたのは大学の構内にある駐車場。 ん〜駐車場で何をするんだろう? あたしがあれこれと考えていると近くでガチャっと音がした。 ん、何の音・・・? 「ハイ、乗って。」 そう言って晃くんが助手席のドアを開けて立っていた。 「ええ!?晃くん車、持ってるの?」 「そう、だけど・・・そんなに驚くことか?」 「違うのかも、しれないけど・・・あたしの周りには車持ってる人いないし、晃くんも持ってる感じしなかったし」 「そうか?とりあえず乗って」 「あ、うん。ありがとう」 あたしが助手席に乗り込むと晃くんはドアを閉めて運転席に回った。 家族以外の車なんて、乗るの初めてかも・・・。 しかも、晃くんのだし・・・・。 何かちょっと緊張する、かも。 「じゃ、出すぞ」 あたしは慌ててシートベルトを締めた。 車が動き出してから30分ほどたった。 最初こそ緊張していたけれど、もともとドライブ好きの沙絵はすぐにリラックスできた。 しかし見慣れた景色はだんだんと消えていき、今ではどの辺りを走っているのかさえ沙絵にはわからなかった。 「ねぇ・・・どこ行くの?」 耐え切れず、沙絵は再び晃に問いかけた。 「・・・俺の、お気に入りの場所」 「晃くんの?・・・それは楽しみだなぁ」 「あと10分くらいで着くから・・・」 そしてぴったり10分後、目の前には海が広がっていた。 あたしたちは車から降りて海岸線のほうへと向かった 寒空の海は波が打ち寄せるだけで何だか身震いするが、返ってその光景を印象付けた。 その景色は日没の独特な雰囲気だった。 空には夕日の色が鮮やかに映し出され、それは太陽光線の芸術のように見えた。 「よし、間に合ったな・・・」 「これ・・・・」 「すごいだろ?今の時期しか見れないんだ。これを沙絵に見せたくて・・」 「・・キレイ・・・・」 思わず涙が出そうになる。 この素晴らしい景色に・・・隣に晃くんがいることに・・・そして“沙絵に見せたくて”のその言葉に。 「ありがとう。ありがとう。晃くん」 いつもそう。 晃くんはいつもあたしに優しい気持ちをもたらしてくれる。 とても自然に。 だからあたしはもっともっと晃くんに近づきたくなってくる。 少しでもこの幸せを返せるように。 「・・・そうやっていつも俺にお礼を言うよな。でも本当はお礼を言わなきゃいけないのは、俺のほうなんだ・・・・」 「・・・え・・・・・」 「あの時、俺がお前に過去を打ち明けたとき・・お前は俺を受け入れてくれた。自分でもわかってたんだ。無茶苦茶なことを言ってるって・・・。軽蔑されてもおかしくないことをした。でも俺は自分を止められなかったんだ」 「・・・・」 「・・・だからあの時のお前の言葉、嬉しかった。みんなが寄ってたかって忘れろって言う中、お前だけは過去を乗り越えようって・・・。とても嬉しかったんだ」 「そう・・・」 「俺にとってあの過去は辛くても苦くても、消せるものなんかじゃないんだ・・・。俺にとってあいつはすごく大切なヤツだから。忘れたくなんか、ない」 「うん。そう・だね・・・」 「だからこそ、過去の美しい思い出にしがみついてしまった。・・・だけど、本当はわかってる。全部過去、なんだって。どんなに想ったってあいつはもういないし、やり直せるわけでもない・・・。今を生きなきゃいけないんだって」 あたしは泣いていた。 何故だかわからないけど、涙が止まらなかった。 それに気がついた晃くんはあたしの頬に手を伸ばし、そっと涙を拭ってくれた。 「心の奥ではわかっていたけど、俺はわからない振りをしてきた。思い出にしたくなかったから・・・。それに気付かせてくれたのは、沙絵、お前だ・・・。だから、ありがとう」 「うん・・・うん・・・」 あたしはこんなときに気の聞いた言葉一つ言えないけど、だけどこんなあたしでも少しはあなたの役に立ったかな? 少しは前と変われたかな? だとしたらこんなに嬉しいことはないよ。 いつもあたしはあなたのために何かをしたいと思ってた。 でも現実はそんなに単純なことなんかじゃなくて、あたしがやってることは全部自己満足なんじゃないかって思うときもあった。 迷惑なことかもしれない、と・・・。 でもそれが少しは伝わってたって思うとあたしはそれだけで嬉しいよ。 あなたが今いる世界にあたしという存在が少しは現れたと思っていい? 少しはあなたに近づけたって。 |