闇の告白、光の決意
―――――あなたは思い出の中に生きているの?―――――
その考えを否定したくて、あたしは次の日大学をサボって朝から公園に来ていた。 晃くんが現れないことを祈って――――― でもそんなあたしの願いは簡単に打ち砕かれた。 1時間もしないうちに晃くんは現れたのだ。 「あれ、本宮?・・今日って日曜だっけ?」 あたしはそんな晃くんの問いかけには答えず、ずっと引っかかっていた疑問を口にした。 「晃くん、『月の光』はどんな思い出の曲なの?」 「え・・・。」 「あたしのフルートで思い出に逃げてるの・・・?」 困惑の色を浮かべていた晃は何かを思いついたように悟った表情になった。 「・・・この前、聞いてたのか・・・」 「ごめん・・・」 「いや・・・。俺、好きだったんだ。ただ、それだけだった」 あたしは黙って彼の話を聞くことに専念した。一言も逃すまいと。 晃くんは一息つくと、重い口を開いた。 「あいつ、奈緒は高校の・・同級生だったんだ。 1人でいることの多い俺に気遣って、気がつくと隣にいてくれた」 ―――――『木ノ下くん、一緒に帰ろ!』――――― 「いつも俺を笑顔で包んでくれて。・・・そしてピアノを聞かせてくれたんだ」 ―――――『ピアノって優しい気持ちになれるような気がしない?だからわたしは好きなんだ』――――― 「俺にとってとても幸福な時間が続いていた。・・・でもそれが崩れ始めた」 ―――――『わたしね、好きな人、いるんだ。』――――― 「その時初めて俺はあいつを好きなことに気がついた。でも遅かったんだ。 だから応援しようと思った。おれはあいつが笑ってさえいてくれればそれでいいと思ってた。あいつの笑顔を守るためなら、どんなことでもできるって・・・・」 「甘かったんだ・・。俺の目の前で俺以外のヤツを想って笑うあいつを見るのがこんなに苦しいことだなんて知らなかったんだ」 「そしてある日、何かが崩れた・・・。あいつをこの腕に抱きしめて無理やりキスをした」 ―――――『やっ・・あきらく・・やめっ・・・。』――――― 「そのときのあいつの怯えた目が忘れられない・・・。 俺は一番最低なことをしてあいつを傷つけた。あいつの幸せを願ってたはずなのに・・・。 それからあいつが俺に笑いかけることはなかった。俺は永遠にあいつの笑顔を失ってしまったんだ・・・」 彼は震えていた。 彼女が言っていたことの意味が、今やっと理解できたように思う。 彼女はきっと全て知っているんだ。 知っているからこそ晃くんに思い出に逃げて欲しくないんだ。 晃くんを好きだから―――――― あたしは震える彼の手をぎゅっと握った。 「ねぇあたしに何かできること、ない?あたしもあなたに現実を生きて欲しい」 そう言うと彼はゆっくり顔を上げてあたしの瞳をまっすぐ見つめた。 どこか影を帯びた瞳で―――――― そうしてゆっくりあたしの頬に手を添えた。 「どんな愛の言葉も囁いてやる。優しくしてやるから、あいつの代わりにそばにいてくれないか?」 その声、そのしぐさ、その表情に思わず身震いがした。 彼は頬に添える手にさらに力を加えた。 「ただ俺の隣で笑ってくれていればいいから・・・」 怖い、怖い、怖い―――――!! これはあたしの知ってる彼じゃない! でも・・・これも彼なんだ。 いつのまにかあたしの頬には涙が流れていた。 あたし自惚れてた。 毎週ここであたしのフルートを聞いて、たくさんの時間を一緒に過ごした。 2人の時間が積み重なっていく中で、あたしが彼に興味を持ったように、彼も少しはあたしを気にかけてくれているのだろうと。 でもそれはあたし1人の勘違い。 彼の中には未だその彼女がいて、あたしなんかが入り込む隙間なんてどこにもない。 いつのまにか彼はあたしの中でとても大きな、何者にも代えがたい存在になっていたけど、 それはあたしだけ――――――― 今、彼はあたしに救いを求めてる。 それに応えるべきなのか応えないべきなのかあたしにはわからない。 ただ単純にあたしに頼ってくれたことが嬉しかった。 たとえそれが誰かの代わりであったとしても。 あたしが彼を救えるのかどうかはわからない。 でも彼の一番近くで見守りたい。 彼のそばにいたい――――― その気持ちが勝った。 「あたしいつだって晃くんのそばにいるよ?寂しいときは隣で手を握ってあげるし、嬉しいときは一緒に笑ってあげる。だから一緒に過去を乗り越えよ?」 そう言ったあたしを見て彼は少し驚いたような顔をした。 それから一言呟いた。 「・・ありがとう・・・」 |