大切なもの
次の日曜、あたしはちょっと不安な気持ちで公園にいた。 先週変なこと言っちゃったから、今日来てくれないかも―――― ちょっと前までは1人でフルートを吹くことに寂しさなんて全然感じなかったのに、一度味わった幸せはあたしには甘すぎたみたい。 晃くんに、聞いててもらいたい―――――― いつもの時間を1時間過ぎても晃くんは現れなかった。 そのせいか、フルートに全く熱中できない。 どうして、こんなに寂しいんだろう・・・。 今まで先生を目指してフルートを吹いて、それで十分幸せな気持ちになれていたのに。 今は、聞いてくれる人が、晃くんがいないと寂しい気持ちが膨らんでしまう。 どうして・・・・? 「休憩中か・・?」 不意に声が聞こえて思わず振り返る。 そこには晃くんがいて・・・なぜだか突然あたしの目から涙が溢れた。 「おい!?どうした?」 そんなのあたしにも分からない。 あんなに寂しかったのに、晃くんが現れた途端、急に張り詰めていた糸が切れて、そして涙がこぼれてしまったのだ・・・。 「こ、コンタクトがずれちゃって・・・・」 本当はコンタクトなんてしてないけれど、咄嗟にそんな言い訳が口をついて出ていた。 「大丈夫か?」 「平気平気。それより、今日遅かったね?」 「ああ・・、ちょっと用事があって」 「そっか、この前変なこと言っちゃったから怒っちゃったのかと思って心配したんだよ〜」 「え?・・・バカだな、そんなこと気にしなくていいから・・」 「怒って、ない?」 「ああ、怒ってないよ」 「よかった!」 本当によかった――――― そうして、今日もまたいつもの日曜日が始まった。 「ね〜日曜日毎週来てくれるのはすっごく嬉しいけど、時間とか大丈夫なの?」 「ん?ああ、特にすることもないしな・・・」 「そうなんだ〜。・・今更だけど、晃くん大学生?あたしY大なんだけど」 一瞬晃くんの顔色が変わった。 ・・・気がしたけど、気のせいかな? 「俺はT大の1年・・・」 「あ、じゃ〜同い年だね」 「・・・年下だと思ってた」 「あ、ひど〜い!これでももう19なんだから!」 「俺より、年上なのか・・?」 「晃くんは誕生日まだなんだね。じゃぁあたしの方がちょっとだけお姉さんだ〜」 あたしが少し得意げにそう言うと晃くんはふんわりと微笑んだ。 もう何度も見た晃くんの笑顔。 でもその笑顔は何故だか見ているととても切なくなる。 笑顔の奥に何かをしまいこんでいるような感じがして・・・。 「あたしに何か出来ることがあったら何でも言ってね・・・」 「え・・・」 「あ、ごめん!ひ、独り言だから!」 ボーっとしてたら声に出ちゃってたよぉ〜〜〜 は、恥ずかしいっ! 「・・・ありがとう・・」 晃くんが聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でポツリと呟いた。 次の日、あたしは気晴らしにCDでも買おうと以前通っていた音楽教室に行った。 そこの店長の勧める曲はあたし好みの曲が多いので、CDが欲しくなるといつもそこに行っていた。 「こんにちは〜。店長何かオススメのCDあります?」 「・・・沙絵にはこれなんかいいと思うけど?」 予想に反した声が返ってきてあたしは思わずお店の奥に目を向けた。 ――――この声・・・まさか!?―――― お店の奥からは見覚えのある、でもどこか雰囲気の変わった先生が出てきた。 「やっぱり、先生!?どうして日本に?」 「ちょっと休暇がもらえてね。時間も出来たから日本に一時帰国。丁度沙絵にも連絡しようと思ってたとこなんだよ」 「先生、元気そうでよかった!オーストリアはどうですか?」 「ああ、毎日充実してるよ。沙絵はどう?フルート続けてる?教室やめてるから驚いたよ」 「先生がオーストリアに行ってから、受験勉強とかもあってやめちゃったんです。・・でも先生の音色忘れられなくて、また始めました。今、『月の光』練習してるんですよ?」 「・・・そうか」 先生の口元には微笑が浮かんでいた。 「沙絵せっかくだからアンサンブル、やらないか?フルート持ってるんだろう?」 「持ってます、けど・・・先生のアンサンブルの相手なんて務まりませんよ!」 「せっかくだからいいじゃないか。俺も沙絵のフルート久しぶりに聞きたいし」 「・・・なるべく足引っ張らないように気をつけます」 音出しを終えて、2人で向かい合う。 先生が合図を送ってくる。 1,2,3・・・・ 出だしのタイミングはばっちりでフルートの二重奏が流れ出した。 それは甘い甘い調べ。 『月の光』に乗って2つの音色が重なり合う。 先生、やっぱりすごい・・。 あたしをリードしながらも謡いきってる。 あたしは先生のテンポについていくのが精一杯だった。 少しでも気を抜いたらついていけなくなってしまう・・・。 必死で先生の音に合わせていたら、終わったときには息が上がってしまっていた。 先生の音色、ますます深みを増したみたい・・・。 どうしたら先生みたいな音を出せるんだろう。 「まだまだ練習が足りないみたいです」 「いや、お前音が変わったな。技術とか以上に音質が変わったみたいだ」 「でも、先生の音にはまだまだ追いつけそうもないです・・・」 「俺を目指してどうするんだよ。音色っていうのはな、吹き手の数だけ存在するんだよ。お前の音は俺には出せないんだから」 「そう、なんですか?」 「そうだよ」 「でもあたし先生の音色が一番好きです」 「それは俺がお前のために奏でている音だからな・・・」 「・・・え・・」 「楽器は嘘をつかないから、奏者の感情をストレートに表現するんだ。良くも悪くもな。・・・お前にも聞かせたい相手が現れたんだな」 「!?・・・・は、い・・」 突然真相を突かれたようであたしはつい肯定していた。 脳裏に浮かんだのは晃くんだった。 「・・・一年のブランクは大きすぎたみたいだな・・」 「え?」 「いや何でもない・・。大事にしろよ、その相手」 「はい・・・」 |