闇に捧ぐウソ




沙絵が奈緒と晃の関係を知ってから早くも1週間がたった。
沙絵はもはや抜け殻状態だ。


晃のために応援しなければ、と想う気持ちと、晃を好きだから応援なんてできないと想う気持ち。
その2つの板ばさみ状態にあった。


そんな状態で晃と話すことができない沙絵は自分からの連絡を一切絶っていたうえに、日曜日も結局公園には行かなかった。

この1週間晃からの電話も何度かあったが、とても話せる状態ではない沙絵はそれに応えることはなかった。





奈緒はもう晃に会いに行ったのだろうか?
その想いを伝えたのだろうか?

晃は・・・それを受け入れたのだろうか・・・?


――――――受け入れたに決まってる


あれほど恋焦がれていた人が自分の元に還ってきたのだ。
受け入れないわけがない。



そうしたらあたしたちの関係はどうなるのだろう・・・?
そもそもあたしたちの関係は・・・

友達?

だよね。晃くんにとっては・・・・。



それなら今までと変わらない関係が続けられるのだろうか?
今までのように彼の隣に座ることができるのだろうか?



それは無理な話だった。
たとえ晃が友達という居場所を沙絵に与えてくれたとしても、自分の気持ちに気づいてしまった沙絵はその場所で晃を見ることなんてできるわけがない。



人の欲とは計り知れないものだから・・・。
きっとあたしは「次」を常に追い求めてしまう。


最初は晃くんが笑顔になってくれればそれでよかった。
でもいつしか、自分が笑顔にしたいと思ってしまった。

・・・晃くんの隣にいることを望んでしまった。


それを押し殺してまで晃くんのそばにいることなんてできない・・・・。



いつか押し込めた気持ちは鋭さを伴って晃を苦しめることになるだろう。
晃の幸せを自分が邪魔することはどうしても避けたかった。





どうして・・・出会ってしまったんだろう?
晃くんにとって必要なのはあたしじゃない・・・。
あの子だから。


こんなに好きになってしまってからじゃ、友達にもなれないよ。


出会わなければよかった・・・。
こんなにも辛い想いをしなければならないなんて。



沙絵の中の弱さがそんな気持ちを思い起こさせる。





でも、

それでもあたしは
あなたに出会えて、あなたを好きになれて幸せでした。
たくさんの気持ちをもらえて。
辛いこともあるけど、それ以上に思い出すのは時折感じた私のためのあなたの優しさ。
いつだって私を大切に想ってくれていたことは本当だから。



ずっと一緒にいたかったけど、あなたの隣にいるべきなのはあたしじゃないから――――――――







本当はずっと前から思っていた。
自分がそばにいるところで、止まってしまった晃の時間を埋める手助けなんてできるのかと・・・。

奈緒によって止められてしまった時間は奈緒にしか癒せないのではないか。
その暗い闇を照らし出せるのは奈緒だけなのではないか。


晃が沙絵に求めたのは“奈緒の代わり”であって“本宮沙絵”ではなかった。
そんな自分なんかより、奈緒自身の方がよっぽど晃には必要な存在なのではないか・・・。


沙絵の思考はもう止まらなかった。






――――――――晃くんから離れよう。









夕焼けに染まる公園。
春の陽気で暖かさが少し残っているが、さすがに日が沈みかけると肌寒さが感じられた。


いつもの公園のいつものベンチに沙絵は座っていた。
自分の中でけじめをつけようとしていた。



しばらくすると沙絵の元に歩み寄ってくる影が現れた。
それはこの公園でいつも待ちわびていた人のものだった。


「久しぶり、だな。最近連絡取れないから心配した」

晃はずっと連絡をよこさなかった沙絵に怒るでもなく静かにそう告げた。


「ごめんね・・・。いろいろあって」

それきり言葉が続かなかった。
いざ呼び出したはいいが、沙絵はどう切り出せばいいか分からず、静かな沈黙が訪れた。



「・・・呼び出したってことは話があるんだろ?・・・俺も話したいこと、あるんだ」


・・・・話したいこと
奈緒のことだろうか?
仲直りできたことの報告?


――――――ソンナコト、キキタクナイ



気持ちが高ぶった沙絵は、晃の話を聞くまいと話し出した。

「・・・よかったね。もう悲しい笑顔、する理由もなくなったんだし・・・あたしたちも会うの止めにしない?あたしもやっぱり気が引けるし・・・・」




「・・・・俺に会いたくないってことか?」


晃は静かな口調のまま沙絵に問いかけた。
その瞳は相変わらず憂いを帯びていた。
その瞳に吸い込まれそうになりながらも、沙絵は必死に自分の良心と戦った。
いや・・・良心の仮面を被った心の弱さだったかもしれない―――――――


そして、その想いを押し殺した。

「・・・・晃くんといるとあたしは辛い。苦しい。この苦しさをずっと味わうなんてあたしには耐えられない」


ウソ。
辛くても苦しくても、本当は一緒にいたい――――――

だけど、そんなあたしの身勝手な想いは、いつしかあなたに牙を向けてしまいそうだから。
大切な、大好きなあなたを傷つけてしまうかもしれないから。

だから、これがあたしの最初で最後のウソ。



「じゃ、話はそれだけだから!」

顔を背けて去ろうとする沙絵を晃は逃がさなかった。

「待てよ!俺の話は終わってない」

晃は逃げ出そうとする沙絵の手を引っ張った。
行かせまいとその手に力を込めた。


けれど沙絵も必死だった。
これ以上一緒にいたら、優しい言葉をかけられたら、それに縋ってしまいそうな自分。
そんな自分をありったけの勇気を振り絞って奮い立たせた。


「・・・・そんなの・・聞きたくないっ!!」


引き寄せられた腕を力の限り振りほどいて沙絵は晃から逃げるように去っていった。