思い出を刻んで




春の日は沈み、次第に夕闇が訪れた。まだ少し肌寒さの残る夜の風。
そんな風に吹かれながら公園には少女と少年の姿があった。


懐かしさを喜ぶこともできない2人。
過去に置いてきたものを取り戻すための再会。





そして、予想もしていなかった真実。
それを唐突に突きつけられ、晃は言葉が出なかった。









嘘の・・・相談・・・・?




「あたしね、本当はずっと晃くんのことが好きだったの。でも、晃くんはいつも遠くて・・・。あたし怖かったの・・・・・・」





俺を・・・好きだった・・・・?



奈緒の言っていることが、理解できない・・・・。
それならどうして俺たちはこんな想いをしているんだ?
お互いに大事に思っていたのなら、どうして今こんなにも遠いところにいるのだろう?






憤りを感じた晃は込み上げてくる感情を抑えきれず、それをそのまま奈緒にぶつけた。




「だったら・・・だったらどうしてあの時言わなかったんだ!?」





言ってくれていれば・・・・





「言えなかったのよ!まさかあんなことになるなんて思わなくって。・・・本当のことを言ったら嫌われちゃうんじゃないかって思ったら、何も言えなかったの」






晃は悔しさ、歯がゆさからいつの間に拳を握り締めていた。






「・・・・・俺だってお前が好きだった。でも、応援しようって、決めたんだよ・・・・」









どうして人は嘘をついてしまうんだろう・・・・。
誰もが素直に生きられたら、きっとこんな悲しいすれ違いも起きないだろうに・・・・。












お互いに初めて本当の気持ちを言えたような気がする。
大切すぎて、いつだって言いたい言葉を飲み込んでしまっていた。
溜め込んだ想いは、そのはけ口を求めて暴走してしまったんだ。












「ねぇ・・・あたしたち、やり直せないかな?」





昔のように、昔以上に近い場所を望む奈緒。
やり残したことがありすぎて後悔だけが残った。
だからこそ、過去の間違いを乗り越えたかった。

晃と一緒に―――――――――










「・・俺は本当に奈緒のことが好きだったんだ・・・・」





消え入りそうな晃の声色。
その様子で次に出てくる言葉が予想できた。
けれどそれを受け入れたくなくて、奈緒はさらに言葉を付け加えた。





「あたしもだよ?だから・・・ねぇ、やり直そうよ。あのときから」







奈緒はまっすぐに晃を見つめていた。
その瞳には迷いはなかった。







けれど、その瞳を受け止めるには時間がたちすぎているのだ。







「俺たち、いろんな間違いをしていたんだな。もし・・・俺がもっと強かったら、奈緒に自分の気持ちを伝えられたのに・・・。奈緒にも、辛い想いをさせずにすんだのにな」







応援する、なんて形だけの言葉なんかじゃなくて、この胸に溢れていた「好き」という想いをぶつけることができていたら・・・・。







「奈緒を想って過ごした時間は全部本物だ。・・・でも俺は、もうあのときの俺とは違うんだ。純粋に奈緒だけを好きだった俺は・・・もう、いない・・・・」








正直な気持ちだった。
ずっと俺の心の全てを占めていた奈緒。
でも、その心は次第に冷たくなっていった。
思い出にしがみ付いて、現実を見ようとしない俺の心は、気がつけば時間が止まってしまっていたんだ。









そして・・・・そんな俺に優しく語り掛けてくれた人がいた。



いつだって俺のために一生懸命で。
そんな沙絵に俺の心は救われた。
・・・・いつの間にかかけがえのない存在になっていたんだ。







もう、二度とあんな後悔はしたくない。
自分の気持ちを伝えることもせずに逃げてばかりの自分は嫌だから。








「過去は過去なんだ。優しい思い出は美化されて・・・・。だからそこに浸ってしまう」






俺がいつまでも奈緒を忘れられなかったように。






「でも違うんだ。辛くても苦しくても、それでも時間は過ぎていくから・・・・。俺、今すごく大切な人がいる。だから、奈緒とはやり直せない・・・・」







一気にまくし立てる間、奈緒はただ黙って聞いていた。
その表情は暗かったけれど、これはちゃんと伝えなくてはいけない、そんな気持ちが晃の中で膨らみ、それをそのまま伝えた。





「・・・そっか・・・・・・」






ようやく奈緒が口にしたのはたった一言。
それでも今の菜緒には精一杯の一言だった。溢れてくるものを何とか堪えながらの言葉。
ここで泣いちゃいけない、ここで泣いたら自分は「可哀想な人」になってしまうから―――――――そんな気持ちだけで立っていた。







「ごめんな・・。でも俺、奈緒のおかげでずいぶん変われたように思う。奈緒に出会えていなかったら、きっと人をこんなに愛しく思うことはなかっただろうから・・・・」








紡がれる言葉に胸の奥が熱くなる。
今の自分にとってはこれ以上ないくらいの言葉。
だからこそ我慢していたものが一気に溢れそうになる。







「晃くんあっち向いて・・・」
「・・・え?」
「いいから!早くっ!」






有無を言わさない強い口調に、晃は素直に従った。
向きを変え、視界に入ったのはライトアップされている葉桜。
夏に向かう準備をしている桜たちだった。








「あたしね、今悲しい反面、嬉しいんだ。晃くんが人を愛せる人でよかったって・・。しかもそれがあたしのおかげだって言ってもらえて、これ以上嬉しいことなんてないよ・・・」





言葉の端々で、グスンと鼻をすする声が聞こえる。
きっと今も涙を堪えているんだろう。
奈緒は優しいから、いつも俺への負担を減らそうとしてくれる。






「きっと、とっても素敵な人なんだね・・・。ちょっと悔しいな。・・・・いっぱい間違ったけど、それでもあたしはあたしなりに一生懸命晃くんを好きだったよ。それだけは、覚えておいてね・・・・」




「ああ・・・・。絶対、一生忘れない」









「そのまま行って。振り返らずに、真っ直ぐ」








一瞬躊躇ったが、奈緒の言いつけを守って晃は真っ直ぐ進んでいった。
決して振り返ることなく――――――