手紙の正体







外に出るとまだ6時だというのに肌寒さを感じた。
春とはいえ夜になれば風は冷たく、まだまだ夏の訪れは遠そうだ。



今朝、自転車で来たことをすっかり忘れて、そのまま帰ろうとしたあたしは悠太に呼び止められた。


「普段自転車なんかで来ないのに、珍しいことするから忘れるんだよ」


反論しようにも言葉が浮かばないほど正確な嫌味を受け取りながら、渋々自転車置き場に向かう。


・・・悠太のヤツ、今朝自転車漕がせたことまだ根に持ってんな・・・・。



自転車置き場に行くと、もうほとんど自転車はなくなっていた。
残されているのは明らかに放置されていると思われるものばかりだ。
朝は慌てて止めたので、どこに止めたか忘れてしまっていたあたしでも簡単に自分の自転車を見つけることができたのはありがたかった。


これで探すのに手間がかかってたら、次は何を言われるか分かんないし・・・。


この時間は先生たちも帰り出すので、生徒会に出入りしている悠太が2人乗りをするには少々リスクが高い。
そのためあたしたちは自転車には乗らず、カゴに荷物だけ乗せて引きながら歩き出した。
もともと普段は歩いて登校することがほとんどで、あたしたちの家までは歩いても20分くらいの道のりなのだ。


手紙のことであれこれと思い悩むあたしと、その隣を無言で歩く悠太。
一緒に帰っていながら会話のないあたしたちは周りから見れば暗い雰囲気に見えたかもしれない。
でもそれを気にするほど、あたしと悠太の付き合いは浅くない。
2人の間で会話がないなんてことはしょっちゅうで、むしろその雰囲気さえお互いに心地よく感じていた。

こういうところが家族のような安心感を生み出す理由なのだろう。






「どっちみち大したヤツじゃねーよ」


家までの道のりを半分ほど過ぎたとき、不意に悠太が口を開いた。


「佐藤なんてホントの名前かどうかも怪しいし。大体、2年に佐藤が何人いると思ってんだよ。本物の佐藤なら下の名前も書けっつーの」


あたしが手紙のことを考え続けていることもお見通しな悠太は、おそらくフォローなのだろうと思われる言葉を続けた。


・・・・フォロー入れられるほど落ち込んだ顔してたのかな?
もちろん果たし状の可能性だって忘れてはいないけど・・・。


「・・やっぱり告白の呼び出しって可能性は低いのか〜」


あたしの言葉に悠太は少し驚いたような表情になった後、訝しげな目付きになった。


「何、おまえ告白されたいわけ?」
「そうじゃないけど・・・でもホラやっぱ嬉しいじゃん」


人から好意を示されて嫌な人間なんているのかな?


そんなことを思いながらあたしがそう返すと、悠太はまたしても嫌味なほどの笑みを携えてあたしの顔を覗き込んだ。


「まぁ、おまえは男から告白されたことなんてないもんな〜」


図星だった。

自慢じゃないけどあたしは、今まで彼氏がいたことがないどころか、告白されたことすらない。
もちろんしたこともないけど。
男友達はたくさんいるんだけど、どうもそういう雰囲気にならないのだ。
まぁ、好きな人がいたわけでもないから別にいいんだけどさ。


「うるさいっ!あたしはアンタみたいに余計な愛想は振りまかないの!!」
「ハイハイ。・・・それで?万が一、それが告白だったらおまえどーすんの?」
「どーすんのって・・・・どうしよう?」


そうだよね。一応、その可能性もあるわけで。
もしそうだったとして・・・・あたしはどうするんだろう?

そりゃもちろん、彼氏が欲しいと思ったことはあるけど・・・。


真剣な顔つきで悩み出した茜を神妙な表情で見つめながら悠太は口を開いた。


「付き合うわけ・・・?」
「そんなのまだ分かんないよ・・・。そういえばさ、悠太ってモテるのに彼女作ったことないよね?どうして?」


ふと頭に浮かんだ疑問。


あたしもだけど、悠太も彼女できたことないよね?
けっこう可愛い子から告白されてたりもしたのにどうして悠太は彼女を作らないんだろ?


じっと悠太の顔を見て返事を待つと、悠太は何故か少し呆れたように言い放った。


「俺はおまえと違って誰でもいいって訳じゃないんだよ」
「ちょっと!!それどういう意味よ?」
「誰からの手紙かも分かんねーのに、頬を赤らめてるようなおまえとは違うって意味だよ」
「なっ・・・・!?」


何よ〜〜〜〜〜〜!!
だってしょうがないじゃん!
初めてだったんだもん!下駄箱に手紙を入れられるなんて!!


「悪かったわねー!どうせあたしはアンタと違って単純な女ですよーだ!」


そう言い終えると、あたしは悠太に向かっておもいっきり舌を出した。
いわゆる「あっかんベー」のポーズだ。
そして悠太が何かを言う前に、もう見えかけていた自分の家に向かって猛ダッシュで走っていった。

後ろで悠太が盛大なため息をついたのが聞こえたような気はしたが、聞こえなかったことにしてあたしは自分の家に飛び込んだ。






ムカつく、ムカつく、ムカつく―――――――っ!!


家に帰り自分の部屋に入ると、あたしはベッドの上にあるクッションを悠太の家の方の壁に向けて投げつけた。


何よ、ちょーっと自分がモテるからって、あんな風に言うことないじゃん!!
前言撤回!!あんなヤツ「大切な存在」なんかじゃ絶対ないんだから!

こうなったらあの手紙OKしてやる!
それで悠太より先に彼氏を作って見せ付けてやるんだから!!



焦点のずれた結論に達し、茜はその夜を過ごした。

数学のプリントが目に付いたが、百合子に確認したところ提出期限は来週だったため、茜は目を背けたのだった。
悠太の方も茜の家に来る様子はなかった。


・・何よ、自分で教えてやるって言い出したくせに。


茜はイライラが収まらず、結局いつもより早く就寝したのだった。



そのためか翌朝、茜にしては珍しくアラーム1つで朝早くに目を覚ますことができた。
手紙の呼び出しのために早く起きる必要があったのは確かだが、それでもいつもの茜からしたらそれはとても珍しいことだった。

予定通りに起きることができた茜は早朝の学校へ向かった。
もちろん1人で。
手紙を言い訳に、茜は悠太が来る前に家を出たのだった。


それにしてもあの手紙・・・時間ぐらい書いてあってもいいのに。
「朝」ってだけじゃ、わかんないじゃん。


意外に律儀な茜は始業時間の30分も前に登校した。
教室に鞄だけ置くと、指定された場所へと向かう。
だが、相手の姿はまだなかった。


「あ〜あ、これじゃ何だかあたしの方が手紙出したみたいじゃん・・・」


中庭に設置されているベンチに腰掛けて、茜は誰だか分からない相手を待った。

しばらくすると人の気配がし、茜は体育館前に目をやった。
少し距離があるため顔は見えないが、誰かを探しているようだった。
それが自分を呼び出した相手かどうか判断がつきかねて、茜はしばらく相手の様子を窺った。


あ、あの人・・なのかな・・・・・?
誰かを待ってるみたいだし・・・。


どうしようと思いながら、茜はベンチから立ち上がり、恐る恐る体育館の方へ歩き出した。


「三木本さん」


そのとき、突然後ろから呼び止められ振り返ると、そこには奇麗な女の子が立っていた。
長い髪の毛には艶があり、パッチリとした目。
スラリと伸びた手足には同級生とは思えないような大人っぽさを感じる。

そして、それは実は茜たちの高校で少し有名な生徒だった。
「告白してきた男子を片っ端から振りまくる」それが彼女に関する噂だ。
もちろん茜も直接の知り合いではないが、彼女の存在は知っていた。
そんな、自分とは縁も所縁もないような相手から名前を呼ばれたのだから、自然と体が構えいていたのも仕方ないことかもしれない。


「は、はい・・?」


体育館の方に行こうとしていた茜は怪訝な顔を彼女に向けた。
すると彼女は決定的な言葉を発したのだ。


「突然呼び出しちゃってごめんなさい」
「えっ!?・・・て、ことは・・あたしを呼び出したのってあなた?」
「はい。私、3組の佐藤麻紀です」


呼び出し相手が女の子・・・。
こ、これは・・・・もしかして、果たし状の方?


あらぬ予感が茜の頭を過ぎり、ぎこちない笑顔を相手に向けさせた。


「そ、それで・・佐藤さんはあたしに一体何の用が・・・・・?」
「実は、三木本さんにお願いがあって・・・」
「お願いって・・・・?」
「立川くんのことなんだけど・・」


きたぁ〜〜〜〜〜〜〜!?
や、やっぱり悠太絡みの呼び出しなんだ!?

告白に期待しまくってたわけじゃないけどさ。
やっぱり、違ったんだ・・・・・。


「何かな・・・・?」


落ち込んだ気持ちを奮い立たせて、茜は麻紀に尋ねた。


「私ね、立川くんのことが好きなの」


麻紀は唐突に茜にそう宣言してきた。
いよいよ果たし状の可能性が高くなり、茜は先手を打つことにした。


「・・だから?先に言っとくけど、あたしと悠太はただの幼馴染!!それ以上でもそれ以下でもないの!だから、悠太に近づくなとか言われても聞けないから!」


一気にまくし立てた茜を麻紀は少し驚いた様子で見つめながら、慌てて否定の言葉を口にした。


「違うの!そんなことを言いたいんじゃないの」


茜の勢いに負けまいと麻紀も声を張り上げる。


「え?・・違うの?・・・じゃ、お願いって?」
「実は・・・・手紙を、立川くんに渡して欲しくて」
「手紙・・・?」


茜が聞き返すと麻紀は昨日茜に当てた手紙とは違う、ピンク色の手紙を出してきた。
宛て先には昨日の手紙と同じ奇麗な字体で『立川悠太くんへ』と書かれていた。


「えーっと・・自分で、渡したら・・・・?」


率直な疑問だった。
どうして自分がわざわざ他人から悠太への手紙を渡さなくてはいけないのか?
直接渡すのが恥ずかしいのなら、下駄箱や机の中に忍ばせておけばいいだけの話だ。
この手の手紙には慣れている悠太だ。下駄箱や机の中の手紙もちゃんと確認するだろう。
間違ってもそのまま捨てるなんてことはありえないし、そんな話を聞いたこともない。
第一悠太はそんな非道な人間でないことは茜自身が一番よく知っていた。


「あなたから渡して欲しいの。じゃ、お願いね」


それだけ言うと、麻紀は茜に手紙を押し渡してさっさと行ってしまった。
呆気に取られていた茜は呼び止めることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
我に返ったときにはもう麻紀の姿は見えなかった。
断ることもできなかった茜は仕方なく手紙を持ったまま自分の教室へと戻った。






「来るの早すぎなんだよ・・・」


茜がいなくなったのを確認すると茂みに隠れていた影が動き出した。
・・・悠太である。

手紙のことで悠太もいつもより早めに茜の家に行ったのだが、すでに茜はいなかった。
そのため急いで学校に向かい、教室に寄った茜を先回りし、中庭の茂みに隠れていたのだ。


「・・・佐藤麻紀、ね・・」