次の日の朝――――――




「あれ、いづみさん。唯と浩介は?」


ゲレンデに出た亮と恭一はそこにいづみの姿しかなく、本来いるはずの2人の動向を聞いた。


「あ〜あの2人は今日街に降りてるわよ。・・・邪魔者になっちゃうからね」
「え?」
「あ、ううん何でもない。とにかく今日も滑ろうよ!」




実はいづみはボードの上達が早かった。
やったことがなかったというのは本当だが昨日一日で普通くらいには滑れるようになっていたのだ。

ショッピングに行きたかったのは事実だったが、状況が変わったため臨時対応をしたのだった。











「いづみさん、具合が悪いって言ってたけど大丈夫かな?やっぱりあたしも残ればよかったかも・・・」
「大丈夫だよ。寝てれば治るって本人も言ってたんだし。それに唯が残ったっていづみも気にするだろう?ああ見えて他人のことをよく考えてるヤツだから」
「まぁ・・・そうですよね」


「で、どこ行く?買い物、するんだっけ?」
「うーん、実はあたしは特に買いたいものないんだよね。もともといづみさんに付き合うだけのつもりだったから・・・」





浩介と唯は車で山を下っていた。
街までは車で一時間ほど。
山から下る道は雪景色が広がっていて、雪自体あまり降らないところに住んでいた唯にとってはまさに魅力的な景色だった。



「じゃあ、せっかくだし景色のいいところでも行ってみる?」
「ホント!?行きたい行きたいっ!できれば雪景色がきれいなところで」
「ハイハイ」

それきり浩介は運転に、唯は窓から見える景色に入り込んでしまった。






たどり着いたその場所には大きな大きなツリーが飾ってあった。
雪をかぶったツリーは普段近場で見かけるツリーよりも格段にその美しさを増していた。
時間がまだ早いためライトアップはされていないが。



「うわぁ〜キレイ・・・。でもやっぱりツリーはライトアップされてた方がいいかもね」


「・・・夜は無理だけど。ドライブをして、大きなクリスマスツリーを見に行きたかったんだろ?」
「え・・・・」



唯は浩介が言わんとしていることがよくわからなかった。


「アモーレ、俺もよく行くんだ・・・」




その言葉を聞いてはっとした。

アモーレ


そこは玲とクリスマスの予定をたてた喫茶店だ。
そしてそこで玲と別れた。





「偶然、あそこに俺もいてね。俺も玲のことはいづみを通して知ってたから」

「・・そうだったの。それで、あたしに同情してくれたってわけ?」



唯は感情を押し殺そうとした。



誰にも知られたくなかった。

それが例え辛い過去でも、「玲との思い出を誰にも汚されたくない」そんな想いが唯の中にはあった。
神聖な領域を土足で踏み込まれたようで、唯には耐えられなかったのだ。


そして、隠し切れなかったその感情は皮肉となって口から出てしまった。






「クリスマスを前に彼氏に振られた可哀想な子を、見たがってた大きなツリーに連れてきてあげようってわけ?」

「何でそんなつっかかるの?誰もそんなこと言ってないじゃん」



違う――――――
こんなことを言いたいんじゃない。


だけどもう感情が追いつかなかった。






「俺はすごいと思ったよ。相手のために別れを選べたあんたを・・・。背中を押してやったんだろう?」

「そんなことない・・・。あたしはずっと自分のことしか考えてなかった。いつだって玲を隣に求めてた」

「それでもその想いを自分の中に留めていたんだろう・・・」




あの時、玲を見る唯のまっすぐな瞳が浩介にはとても眩しかった。


玲が立ち去った後、静かに涙を流す唯の姿は、キレイで、儚くて、ガラス細工のように透き通って見えた。







「あれからずっと唯のことが頭から離れなくなったんだ。それでいづみを頼りにこの旅行を計画したってわけ」
「・・・それって・・・・・」



「牧原唯さん。俺と付き合ってくれませんか?・・俺が、君の隣にいたいんだ」



「でも・・・昨日会ったばっかりで、そんなの・・・・」
「チャンスをくれないか。試しに付き合ってみてくれれば俺のことも少しはわかるだろう?考えるのはそれからにしてくれない?」






今までの唯ならこの告白を即答に近い早さで受けていただろう。
なぜなら唯は「食わず嫌いはしない主義」なのだ。



でも何故か今回はそれができなかった。
それは唯自身にも不思議なことだった。




唯が返事をできずにいると浩介が先手を打った。




「まぁ、あんまり困らせても悪いから、とりあえずこの旅行中に答えを聞かせてよ」



その言葉に唯はただ頷くことしかできなかった。





その後2人はペンションへと向けて車を走らせた。