光との出会い
風が冷たくなってきた11月。 あたしは公園の並木道を自転車で通っていた。 この時期の並木道、冬に向けて準備を始める木々の間を楽しみながら散歩をするのがあたしは大好き。 でも今日は岐路を急いでいるため自転車での通行。 歩いてると気分転換にもなって気持ちいいんだけどな―――― でも今日は急いで帰らなくっちゃ! そう思い直してペダルをこぐ足に力を入れる。 カーブを曲がろうとしたとき、木の陰からふらっと人影が出てきた。 突然のことで避けることが出来ず、自転車ごと倒れることで何とか衝突を避けることが出来た。が・・・ 「いったぁ〜〜〜い・・・・」 予想してた以上に衝撃は大きかった。 自転車のかごは曲がっちゃってるし、カバンの中身は飛び出しちゃってるし――――― 何よりも身体が痛い!!ついてないなあ・・・・。 はっ!! そういえば相手の人は!? 隣を見ると同じように驚いたまま座り込んでいた。 「あの・・・だい・じょうぶ・・ですか?」 「・・あ、ああ。俺は、大丈夫だ。そっちは?」 「あたしも、大丈夫です。あの・・気がつかなくてすみませんでした」 「いや、こっちもぼーっとしてたから。自転車、壊れてないか?」 あたしは立ち上がって自転車をみてみる。 「・・・大丈夫、みたいです。ほんとにすみませんでした」 あたしがそういうと、彼はばら撒いてしまったあたしの荷物を拾ってくれていた。 「お互い気をつけないとな。ほら、荷物」 ふんわりと微笑みながら、彼はあたしの荷物を渡してくれた。 この人、よく見たらすっごい美形―――― さらさらの髪の毛に切れ長な瞳。笑うと一層細くなるが、冷たい印象を与えないのは彼のその独特の雰囲気からくるのかもしれない。 差し出された荷物をなかなか受け取らないあたしに彼は不思議そうな顔をした。 「ご、ごめんなさい。ありがとう。これからは気をつけます!じゃっ」 まじまじと見つめてしまっていたあたしは我に帰った途端気恥ずかしくなってしまい、一気にそう言うと荷物を奪うように受け取り、自転車に飛び乗って再び岐路に着いた。 家に入る前にポストを確認する。中に何も入ってないということは誰かが既に家の中に持っていってしまったということだろう。 「ただいま!お母さん、あたしに封筒着てなかった?」 「おかえり。来てたわよ。楽器屋さんから分厚いのが。今度は何を頼んだのやら」 「ふふ、内緒。完成したら教えるわ」 軽い足取りで部屋へ向かうと、机の上には白い封筒が置いてあった。 中を開けると数種類の楽譜が出てきた。 実はあたしはフルート奏者の一人。といってもどこかの楽団や部活に所属しているわけではなく、ただ個人的に楽しんでいるという程度だが。 先日、ある楽曲を探していたところ店には在庫がないと言われ、お店の人に頼んで郵送してもらったのだ。あたしの大好きな曲『月の光』。それといくつか楽器屋さんのお勧めの楽譜が入っていた。 『月の光』は昔通っていたフルート教室で先生がよく聞かせてくれた曲。 ―――――大好きだったのは先生の方だったかもしれない。奇麗な指で音を一つずつとらえていく。あたしは先生の出す音に虜になってしまった。淡い恋心を胸に秘め、あたしは足しげくその教室に2年の間通っていた。 けれど突然の海外転勤。先生がずっと望んでいたオーストリアへの。店長の話では先生の音に可能性を見出したある有名ピアニストのデュオ候補になったということだった。 その後あたしは大学の受験勉強などを理由にその教室をやめた。それでも先生の音が耳を離れない。だからあたしはまたフルートを手に取ったのだ。 楽譜を開いてみる。音符の羅列。久しぶりに見る楽譜は懐かしいというには早かったようだ。CDと合わせて聞いてみようとカバンを引っ張り出す。 ・・・・ない!?なんで?? 確かにカバンに入れてたはず――――― あ・・・・ぶつかったときに落としたんだ。 やだ・・・あれは先生からもらった大切なCDなのに! 取りに、行かなきゃ。 あたしは上着だけ羽織ると慌てて家を飛び出した。 お願い、まだあって! 祈るように何度も何度も呟いた。 並木道に着いた頃にはあたりはもう真っ暗だった。 先ほどぶつかった場所周辺を探すがCDらしきものは見つからない。 何て最悪な1日なんだろう―――――― 日曜日。休みにも関わらず早起きをし、朝ごはんを食べ終えたあたしは出かける準備をした。 「お母さん、公園行ってくるね」 そう言ってあたしはフルートと楽譜を手に家を出た。 フルートは日差しに弱い楽器だから本当は室内で練習するのが理想的なのだが、住宅街に住んでいるあたしにはそれは無理な話だ。だから並木道の木陰で練習するのがあたしのやり方。 程よい場所を見つけ、譜面台を組み立て楽譜を広げ、まずは音出しから始める。 うん、調子は悪くないわね。 もう何度も聞いていた曲だから暗譜はしている。それでも自分で弾くとなると話は別だ。マウスピースを口にあて曲の冒頭部分を奏でてみる。 同じ曲を弾くと改めて実感する先生の音の素晴らしさ。どうしてもあたしの音は先生の音に近づかない。いつもそれを実感する。それでもあたしは追いかけることをやめられない。 「月の、光・・・?」 突然の声に思わず振り返る。 「あ・・・」 そこにいたのはこの前ぶつかってしまった男の人。 「どうも・・・・この曲知ってるんですか?」 「・・・ああ。あ、そうだ。これお前のだろ?」 そう言って差し出されたのはあのCDだった。 「そうです!よかったぁ〜」 「お前が帰った後に道の脇に落ちていたのを見つけて・・・。ここに来れば返せるんじゃないかと思って」 「それでわざわざ?ありがとうございます。何かお礼を・・・」 「いや、そんなたいしたことじゃないから・・・」 「そんなことないです!このCDあたしにとってはとても大切なもので・・だから何かお礼をしないとあたしの気がすまないんです」 「それじゃ・・・月の光、聞かせてくれないか?」 「え・・・」 「この曲すごく、思い入れがあるんだ。実はそのCD俺も持ってて。でもやっぱりCDよりも生の音のほうがいいから」 「あ、でもごめんなさい。実はまだ吹けないんです。練習中で・・・」 「そう・か・・・じゃその練習見学していてもいいか?」 「いい、ですけど・・・。楽しいんですか?」 練習風景なんて見てて楽しいのだろうか、そう思ってストレートに聞いてしまった。彼はただ少し寂しそうに微笑むだけだった。 |