王子様よりあなたがいい (1)
「諸君!はばたけ!」 天之橋の言葉で卒業式の幕は閉じた。 卒業生たちはそれぞれ自分のクラスで最後のHRを行っている。 廊下にはそんな卒業生たちと最後のお別れをしようと在校生たちが待ち構えていた。 氷室の最後のHRはごく簡単なものだった。 きっと卒業生のために、在校生のためにも早めに切り上げてくれたのだろう。 「すずー!!」 「なっちん!」 「ついに卒業式も終わっちゃったね」 そう言いながら近づいてくる奈津美は、言葉の割に笑顔だった。 「そうだね。でもまだ実感があんまり湧かないよ〜・・・」 「ま、卒業って言ったって会えなくなるわけじゃないしね。ほとんどの子ははばたき市に残るんだし」 進学する者、フリーターになる者、夢を追いかける者・・・進路はみんな様々だった。 でも奈津美の言うように、はばたき市にそのまま住み続ける者が大半で、会おうと思えばいつでも会えるのだ。 「それでも、やっぱりもうこの学校でみんなに会うことはないんだよね・・・」 「ちょっとー!そんなにジメジメしないの!!・・ってそんなことよりあの噂、確かめにいかなくていいの?」 「噂?」 「すずが言い出したんでしょー!教会よ教会!!」 「あー・・・あの王子様が迎えに来るってやつ?」 「そうよ!早く行ってきなさいよね〜。後で報告楽しみにしてるから」 そう言ってケータイをちらつかせると、奈津美は有無を言わさず、すずを教室から追い出した。 ・・・もう、なっちんたら・・・・・・ でも、せっかくだから最後に校内を回ってこようかな。 廊下、生徒玄関、中庭・・・校内のあらゆる場所をすずは回った。 自然と想いは高校生活へと戻っていく。 3年間、本当にいろんなことがあったな。 たくさんの人と出会って、いっぱい遊んで・・・。 そんな風にわたしはここでの時間を積み重ねてきたんだな。 感傷に浸っていると、ふと体育館が見えた。 そういえば葉月くんってよくここで猫にエサあげてたよね。 思い返すと、わたしの高校生活の思い出にはたくさん葉月くんがいた。 帰りの寄り道とか、日曜日のお出掛けとか。 その中でも一番の思い出。 あの浜辺での会話。 わたしには好きな人がいた。 そしてそんなわたしの相談に葉月くんはいつだって真剣に乗ってくれてた。 共有した時間、共有した想い。 わたしの思い出は葉月くんでいっぱいだった。 それはもう好きな人の何倍もの大きさ。 好きな人の何倍もの大きさ・・・・。 ふと、すずの思考はストップした。 あれ? わたし何考えてるんだろう・・・? 葉月くんはわたしの親友、だよね・・・? あれれ・・・? そんな考えを繰り返しているうちに教会が見えてきた。 “いつか王子様が迎えに来てくれる” はばたき学園に伝わる教会の噂。 もしその噂が本当だったとしたら、わたしの王子様っていうのは誰なんだろう? わたしの好きな人? ・・・その答えはきっとこの先にあるんだろう。 そう思って一歩ずつ教会に近づいた。 けれど教会の前まで来るとすずの足は止まってしまった。 王子様が・・・迎えに来る・・・・・ わたしは本当に王子様に迎えに来て欲しいの? 王子様は必ずお姫様の前に現れる。 どんな物語だってそうしてハッピーエンドを迎える。 だけど・・・・・ それは本当にわたしの幸せなんだろうか。 違う・・・・。 わたしの幸せは・・・・きっとここにはない。 そんな気がする。 それは確信に近い想い。 誰だかわからない王子様。 そんなあやふやな幸せより欲しいものがある。 わたしはお姫様じゃなくていいから、手に入れたいものがある。 王子様はいらないから・・・・だからどうか・・・ 葉月くんをわたしにください。 いつもわたしの隣にいてくれた人。 近すぎて見失っていたこと。 わたしの本当に大切なもの。 それはおとぎ話の王子様なんかじゃなく、葉月珪という1人の人だから。 すずは勢いよく走り出し教室を目指した。 廊下に点在する人を掻き分け何とか教室に着くと、すぐさま葉月の姿を探すが見当たらない。 そんなすずの姿を見つけ、奈津美が声をかけてきた。 「あれーすず、早かったじゃん!王子様はどうだった〜?」 「なっちん!!」 「な、なによ。そんな怖い顔して・・・」 「葉月くん、見なかった?」 「葉月?さぁ〜見てないけど。あいつのことだからもう帰ったんじゃない?」 その言葉を聞くなり、すずは自分の荷物を持って教室を後にした。 「ちょっとー!教会はどうだったのよー!?」 遠くで奈津美の声がしたが、すずには聞こえていなかった。 猛ダッシュで葉月の家に向かったが、何度チャイムを鳴らしても人が出てくる気配はない。 葉月くん・・帰ってないのかな・・・・・。 どこに行ったんだろう? ・・・・そうだ、ケータイ! 鞄の中からケータイを取り出したが、ディスプレイが暗かった。 そういえば、昨日なっちんと電話したまま寝ちゃったんだ・・・・・。 もう〜〜〜わたしのバカ!! 連絡手段も絶たれなす術もなくなったわたしは一気に肩の力が抜けてしまった。 わたし・・・何やってるんだろう。 こんな一番大事なことに今更気づくなんて・・・・。 でも、この決断に後悔は・・・ない。 たとえあの教会で王子様がわたしを待ってくれていたとしても、わたしは・・・・・。 溢れ出そうな涙をぐっと堪えてすずは立ち上がった。 どこか・・・葉月くんが行きそうなとこ・・・・・探さなきゃ。 今日、葉月くんに会わなかったら、それこそ絶対、一生後悔する。 |