偽りの始まり
大学生になって、初めての夏休み。 あたしたち1年生にとっては長かった受験から開放されてやっと訪れた長期休暇。 そんな気持ちも手伝って、サークルのメンバーで遊ぶことがとても多かった。 友人である矢本美里は同じサークルの2年生伊澤和希と夏休み前に晴れて想いが通じ合ったよ うで幸せオーラが漂っている。 それは相手も同じようで、それまで女の影がいつもチラついていた伊澤和希も今では美里しか見えていないような変わり様である。 あたしとしては、美里が幸せならそれでいいんだけどね・・・。 そしてあたしにも少し気になっている人がいた。 同じサークルの3年生、高柳玲である。 もともとはかっこいい、ということから気になったのだが、今は2人の間の微妙な関係が唯に玲を 気にかからせていた。 毎日のようにメールと電話をするけど、これといってたいした話をしているわけでもない。 ただ、何となくお互いに連絡を取り合っているに過ぎないのだ。 好きなのかと聞かれれば好きだと思う。 けれど、胸を焦がすようなそんな感情は生まれない。 そんなものはとっくの昔に捨てたのだから・・・。 ♪〜〜〜♪〜〜♪〜♪〜〜〜 丁度玲から今日の電話がかかってきた。 「もしもし、今晩は。今日はいつもより早い時間ですね」 『うん、暇になったからね。今日何してた?』 「今日は美里たちと遊びに行ってました。前のボーリングであたしと拓斗のチームが負けちゃって・・・。 たからリベンジしてきたの」 『その言い方はリベンジ成功したんだね。おめでとう。それにしても今年の1年はホントに仲が いいんだね。だからか今日バイト先に和希が来て暇つぶししてたよ』 「あはは。そういえば美里慌てて帰っていってったかも。玲さん今日バイトだったんですね。 お疲れ様でした」 『いえいえ。あ、そうだ唯明日ヒマ?もしよかったら遊園地の入場券もらったんだけど、どう?』 「行きたい行きたい!!お願いしま〜す。」 『了解。明日9時に迎えに行くから。じゃおやすみ』 「はい。おやすみなさい」 翌日、時間ぴったりに玲は唯のアパートに来た。 そして唯が助手席に乗り込むと遊園地を目指して車を発進させた。 車内で2人っきりという状況にも玲には緊張している様子は見られなかった。 そしてそれは唯も同じだった。 ただ唯にはこの関係が何となく不思議だった。 今までの男たちはすぐに「好きだ」とか「付き合って欲しい」とか何かしらのアプローチをしてきた のだが、玲はそういうことは一切言ってこない。 だからか逆に唯の方がいつものペースを乱されているような気がしてソワソワしていたのだ。 玲が何を考えているのか唯には謎だった。 「よし、まずはジェットコースターから行くか〜」 平日にも関わらず夏休みであるせいか遊園地の中はけっこう賑わっていた。 つまり順序良くまわらないと時間が足りなくなってしまうのだ。 「今ならまだ30分待ちくらいですみそう。早く行きましょうよ〜」 ジェットコースターにフリーフォール、お化け屋敷・・・2人は次々と乗り物を制覇していった。 そして日も暮れ始めたころ最後に観覧車に乗り込んだ。 「今日はたくさん遊びましたね〜。久々にいっぱい歩いたなぁ。 玲さん、今日はありがとうございました。すっごく楽しかったです」 「こっちこそ付き合ってくれてありがとね。俺も楽しかったよ」 「あ〜でもこんなことサークルの人にバレたらあたし妬まれちゃうかも・・。玲さん何気に人気あるんですよ〜」 「それを言うなら俺でしょ。唯はいっぱいアプローチ来てそうだもんな〜」 「ま、否定はしませんけど。・・玲さんこそ何で彼女作らないんですか?」 「作りたいんだけどね〜・・・なかなか上手くいかなくて」 「ふ〜ん、玲さんなら断る人なんていないと思うけど・・・。 ねー玲さん、変なこと聞きますけど、玲さんは何であたしに構うんですか? 好きな人がいるんでしょ? あたしに構ってるヒマがあったらそっち頑張らなきゃいけないと思うけど・・・。 好きな人がいるって、とても幸せなことだと思いますよ」 「唯は強いんだね・・・。俺は好きって気持ちの全てがいいものだとは思えない。 例えば、相手にとって迷惑にしかならない気持ちでも、進んでいける? 俺は相手のためなら喜んで身を引くよ・・・」 続きが出てこなかった。 あたしには理解できない苦しみをこの人は抱えているんだろう。 何となくそんな気がした。 「クス、変な話しちゃったね。ごめんね?」 「いえ、大丈夫です・・」 「そう、ならよかった」 そのまま何となく気まずくなってしまい、景色を眺めていたら気付けば下まで降りてきていた。 「じゃぁ帰ろうか」 そしてまっすぐ帰宅することになった。 「はい、着いたよ」 「ありがとうございます・・・」 そう言って降りようとしたとき突然ロックがかかった。 「ね、実は俺、今日言いたいことがあったんだ。・・唯、俺と付き合う気ない?」 突然の玲の投げかけにあたしは一瞬自分の耳を疑った。 「唯、誰か忘れられない人がいるだろ?」 !!! 心臓が止まるかと思った。 誰にも、誰にも話したことなんてなかったのに。 あたしが何も話せないでいると、玲が「やっぱり」と続けた。 「俺にも忘れなきゃいけない人がいる。だからお互いに利用しないか? 最初は傷の舐めあいになるかもしれない。でも時間がたてばお互い忘れられるかもしれないだろ?」 あたしは少し考えてから答えた。 「―――いいですよ。お互いに利用しましょう」 玲が口の先でニッと笑った。 「じゃ今日から唯は俺の彼女ってことで」 |