step by step 朝見由奈様


『slowly』



今夜は、待ちに待った花火大会。
初めて、零一さんと花火大会に行ける。

今夜のことを考えると、昨夜はよく眠れなかった。

目、赤くないかな?
寝不足で、変な顔をしていないかな?

朝、心配で何回も鏡を見ていたら

「ねえちゃん。そんなに鏡を見ていたら、そのうち鏡が割れるぞ」

かわいくない弟に、ゲンコツを一発。
花火大会当日の朝は、いつもよりちょっとにぎやかな朝だった。



この日のために選び抜いた浴衣は、落ち着いた紺地に桜の柄。
紺色を選んだのは、少しでも大人に見られたいから。
高校生は、もう卒業したんだしね。

お母さんに着付けを手伝ってもらい、完成形を何度も姿見でチェック。

浴衣を着た自分。
髪を上げてバレッタで止めた自分。

普段の自分と違う……ような気がする。

気分だって、普段と違う感じ。

ウキウキするような。
くすぐったいような。
それでいて、ドキドキするような。

浴衣を着て一緒に花火を見るだけなのに、どうしてこんな気分になるんだろう。

デートなら、休日デートの方が長い時間一緒にいられる。
休日デートの方が、あちこちいろんなところに行ける。
どうして…なのかな。

いつものデートだってドキドキしているけど、今のドキドキは落ち着かないくらいのドキドキ。

夜に待ち合わせというのが、初めてだから?
門限より遅く一緒にいられるから?
それとも……


ピンポーン


鳴ったインターホンに、「はーい」と元気よく返事。
とたとたと短い廊下を走り、鍵を開けてドアを開けたら


う……わぁっ!!!


白地に細いストライプ。帯は黒。
(後で聞いたら、浴衣は「白色絣縞柄」と言うらしい)
足元は、もちろん下駄。

一見シンプルな浴衣は、とても大人な装い。
すごく…そう、『和の男の人』っていう感じ。

心の準備がなかったものだから、驚いたまま思いっきり見とれてしまった。



「…どうした?」

ぼーっと見とれたままの私に、怪訝そうな顔を零一さんは向ける。

「かっこいい…」

まだあちらの世界から帰ってこれない私は、ぼーっとしたまま呟く。

零一さんは背が高くて姿勢もいいから、浴衣が似合うんじゃないかと想像していた。
だけど、実際にこの目で見るまで、ここまで似合うとは正直思っていなかった。
いい意味で裏切られ、「反則!」という気分。

挨拶も抜きで、ストレートな褒め言葉をいきなりもらえるとは思っていなかったのだろう。
零一さんは面食らった顔をしつつも、ほんの少し赤くしている。
以前なら「親しき仲にも礼儀あり。まずは挨拶を」とうるさかったけど、そう言われることが少なくなったのは、これでも私たちの仲は前進した…のかな?

「久しぶりに浴衣を着たものだから、自分でもどうかと思っていたのだが」

そう…なんですか? 問題なく、バッチリ着こなせていますよ。
問題があるとすれば、かっこよすぎるところかな。
それはもう、誰にも見せたくなくなるくらい。

「ありがとう…」

照れて礼を言う零一さんは、かなり貴重。
と、ここでコホンと軽く咳払い。

「約束の時間だが、準備はできているのか?」

あ、もうそんな時間なんだ。

「ちょっと待っててください!」

私は慌てて引き返し、部屋に戻って巾着を取った。



カラコロと鳴る、2人分の下駄の音。
道がアスファルトだから、やたらとよく響く。

耳を澄ますと、あちこちからカラコロと下駄の音が聞こえる。
私たちのように浴衣を着て下駄を履いた人たちが、花火大会の会場に向かっているのだろう。
だけど、零一さん以上にかっこいい人は絶対にいないはず。


今からにぎやかな花火大会に行くというのに、私と零一さんは黙りがち。
でも、私が無口なのは、ちゃんとわけがある。

いつもと雰囲気が違うから。
浴衣が似合いすぎているから。

軽く戸惑っているから、何を話したらいいかわからなくて。
かっこよすぎるから、零一さんをまともに見れなくて。

だから私は、地面に目を落としたまま静かにしている。

「浴衣…」
「へ…っ?」

突然ぽつっと聞こえてきた言葉に、私はマヌケな反応をしてしまった。
花火大会デートだというのに、こんな気の抜けた返事はないでしょう?恋する乙女としては。

「浴衣だからかな。いつもと雰囲気が違うのは…」

なんだかはっきりとしない零一さんの口調。
「きっぱり・はっきり・正確に」が、零一さんなのに。
ひょっとして、零一さんも戸惑っているのかな…。

「その浴衣は、君によく似合っている」

1つ1つ、慎重に言葉を選んだような言い方。
それだけに、普段の褒め言葉より余計にうれしかった。
浴衣、一生懸命選んだかいがあったな。

「ありがとうございます」という私の礼の言葉は、途中で止まった。


「きれいだ」


初めて言われた最上級の褒め言葉に、思わず言葉を失くす…。


こんなとき、何て言えばいいんだろう?
褒められ慣れていないから、気の利いた言葉がとっさに出てこない。

「ありがとうございます」と礼を言えばいい?
「そんなことないです」と謙遜してみせればいい?

結局、どちらも言えなかった私は…

顔を真っ赤にして、うつむくしかなかった。


カラコロと、下駄を鳴らして歩く私たち。

前を見て歩く零一さん。
うつむいて歩く私。

並んで歩いている私たちの手が、偶然触れ合った。

触れ合ったのは一瞬だけだったけど、触れた場所がぽっと熱を帯びる。
「ごめんなさい」と言って手を引こうとしたら、逆に捕まってしまった。
私の手のひらが、零一さんの大きな手にしっかりと包まれる。

ドキドキとうるさい、私の心臓。
零一さんに聴こえてしまいそう…っ。

「…零一さん」
「何だ?」
「こんなところ、生徒に見られでもしたら…」
「この暗闇では見えない。その…もしかして君は」

「…嫌なのか?」と珍しく自信なさげな声に、私はぶんぶんと首を横に振る。

「嫌じゃないですっ」と力を込めて反論すれば、「そうか」とほっとしたような声。


手をつないだ私たちは、ゆっくりと歩く。

「花火大会、楽しみです」
「そうだな」
「すごく、楽しみにしていたんです」
「そうか」

他人が聞いたら、そっけない会話だと思われるだろう。
だけど、手をつないで歩いている私たちとしては、これぐらいしか言えなくて。

恋人同士としては、まだまだな私たち。
ときどき、こうして特別なイベントを挟みながら、ゆっくり私たちのペースでいきましょうね。

今の私たちの歩みのように、ゆっくりと。







リクエスト:『氷室先生と花火大会!!ぜひ浴衣姿の先生を』
















きゃぁーーーーーーーーー///// せ・・・先生の浴衣ーーーーーーー!!
きっと先生のことですから、ビシッと着こなしてるんでしょうね〜(ウットリ)
ゲームでは先生と花火大会に行くことなんてなかったですからね・・・。
きっと先生は見回りに徹してるのでしょう(笑)
朝見さんの書く先生と主人公ちゃんの雰囲気大好きです。 思わずニヤニヤしてきますv
そんな先生に「似合ってる」なんて言われたら私は即気絶してしまいそう!!
しかも手まで繋いじゃって////(壊れ気味)

実はこのお話、密かにリクエストしたものだったりw
半年くらい前から朝見さんの素敵サイトに心奪われ、通わせていただいていたんです!
フリーと言うお言葉に甘えてちゃっかり頂いてきちゃいましたv
朝見さん3周年おめでとうございます!
2007.6.27