告げる恋




今日は人生最大の決戦の日。
わたしはこれからあの人に告白する。




岩城由岐、高校1年生。


想い人はみんなの憧れの的である高橋将人、同じく高校1年生。
品行方正、成績優秀、スポーツ万能の超大物。

彼の笑顔は万人の心を虜にする。
しかし、その美しさに隠された彼の素顔を知るものは少ない。

すでに彼女がいてもおかしくないのだが、噂で知る限り彼にOKされた人はいない。
あのミス2年でさえ振られてしまったらしい。
その後彼に告白しようとする兵はいなかったようだ。
・・・わたしを除いて。


多くの女生徒たちがそんな彼のベールを剥ぎたい衝動に駆られていたが、目立ったことをして嫌われてしまったら・・・そんな想いが彼女たちの中にはあった。
その他大勢と一緒でいい、自分だけ嫌われるくらいなら。
それが女子の間での暗黙のルール。


そして、かく言うこのわたしもそんな中の1人に過ぎなかった。



そんなわたしの気持ちが変わったきっかけ。
それはごくありふれた出来事だった。



わたしが掃除当番で、誰もいない放課後の教室を掃除していたとき、突然現れた人影。
同じクラスに在籍しながら、ほとんど会話らしい会話をしたことがなかった人気者を前に、わたしは言葉もなく立ち尽くした。

彼は教室に入るや否やすぐに自分の机の中を見て軽くため息をついた。
そして今度はその周辺をキョロキョロとし出した。
どうやら何か忘れ物をし、探しているようだった。


その一連の行動を不思議に思って見つめるわたし。
そんなわたしの視線に気づいたのか彼がわたしに問いかけてきた。




「俺の席の近くにペンが落ちていなかったか?」
「ペン?・・・う〜ん、見てないけど・・・」
「そうか・・・」


「大切なものなの?」


あまりに落胆しているように見え、思わず出てきた言葉。



「・・そう、だな。大切なものなんだ」
「そうなんだ。・・・・よしっ!じゃぁ気合入れて探さないとね!!」



無くしてしまったことに対する寂しさからか、どこか悲しそうな彼の横顔。
わたしは彼のそんな表情を見るに忍びなくなって、勢いよく彼のペンを探し出した。
そんなわたしの行動を彼はしばらく呆然と見つめていた。
が、我に返ると彼も探し出した。






探すこと30分。
見つからないペンを必死に探していたわたしの隣で、彼の動きが突然止まった。


「どうしたの、高橋くん?」
「・・・もういいよ、岩城さん。これだけ探して見つからないんだ。きっともうこの教室にはないってことだよ」
「で、でも・・・」
「いいんだ。きっと・・もう必要ないものなんだ・・・・」
「え・・・?」
「・・いや、いいんだ。本当にありがとう」




そういって彼は帰っていった。
それでもなぜかわたしはあきらめられなかった。
本人が「もういい」と言っているのだから、それ以上探す必要はない。


けれどなぜだかわたしは絶対見つけてやるんだ!というある種使命感のようなものを感じていた。
彼の見せた少し寂しげな表情。
それが脳裏に焼きついて離れなかったのだ。


みんなの憧れの的でありながら、どこか謎を帯びている彼。
そんな彼が大事にしているペンを探し出すことができたら、彼のあの寂しげな表情を拭い去れるかもしれない、そんな想いもあった。




そして誰もいない教室で1人、わたしは彼のペン探しを再開した。
といってももうすでにこの教室内は隅々まで探し尽くしてあった。

「これだけ探して見つからないなんて・・・」


まてよ・・・。
今日は確か移動教室があったはず。
もしかして・・・?






わたしは今日の6時限目に授業が行われた理科室に来た。
そこで彼が座っていた席の近くを見てみると、机の下に一本の青いペンが落ちていた。
何となく高級そうなそのペンを拾い上げ、じっくり見てみた。


「よくわかんないけど、これ・・・でいいのかな?・・・・なんか高そうなペン・・・・・」

ペンの特徴を聞いていなかったわたしは見つけたペンが彼のものか確信が持てず、無意識に呟いていた。



「そうだよ」



予想外に返事が返ってきたことに驚いてふり返ると、そこには高橋くんが立っていた。



「今日は移動教室があったから、もしかして・・・と思ってね。でもまさか岩城さんがいるなんてね。岩城さんも忘れ物?」

高橋くんお決まりの、万人向けの笑顔で話しかけてきた。



「あ・・わたしは・・・その、何ていうか、諦められなくて・・・・」
「・・・・俺のペンを・・?」

彼は心底不思議そうな顔をしてわたしを見つめている。


「大事なもの・・、そんな簡単に諦めちゃいけないと思う。確かにどんなに大切にしていても失くしてしまうことはあるかもしれないけど、それでも・・・諦めちゃいけないと思う」



わたしは彼に近づくと、その青いペンを差し出した。
彼は、少し戸惑いながらそのペンを受け取った。



「・・・そんなことを言ってくれたのは、君が始めてだ・・・・・」

「・・・・え?」


彼の言葉がよく聞こえず問い返した。
けれど、彼から返ってきたのは、穏やかな微笑み。
先ほどの万人向けの笑顔とは全く違う、まさしく彼の本当の笑顔。




そして彼はわたしの中で“みんなの憧れの的”から“わたしの好きな人”へと変わっていった。






わたしが高橋君に言った言葉、それはわたし自身に向けた後押しの言葉でもあった。
そう、諦めることは簡単だ。
でも諦めてしまったら、それはもう二度と手に入らない。


何もしないうちから諦めて、それで後悔は残らないのか?




彼の笑顔をもっともっと引き出したい。
もっといろんな表情を見てみたい。

――――――――もっと彼に近づきたい






自分の望みを実現するために、わたしは今から大きな賭けに出る。


もしかして、上手くいって彼にもっと近づけるかもしれない。
もしかして、失敗して二度と彼に近づけなくなるかもしれない。


どちらに転ぶか分からない、一世一代の大博打。

人間誰だって一秒先は分からない。
だからわたしは自分の気持ちに素直になることに従う。

わたしはわたしだから。


わたしの本当の気持ちを今伝えます。




「わたし・・・あなたを好きになりました!!」