小さな天使とサンタクロース




大好きな彼に想いを伝えよう。


それは少し前から決心していたこと。
ずっと友達として過ごしてきたけど、わたしにとってはすごくすごく大切な人。
彼がわたしをどう思っているのか、知るのが怖くないわけじゃないけど・・・。

もうすぐ3回目のクリスマス。
それが終わったら、あっという間に卒業の日がきてしまうから。
だからわたしはこの想いを伝えることを決めたんだ。



ともすれば崩れ落ちてしまいそうな決意。
だから『クリスマス』というイベントに後押しを期待して、今日この日に言おうと決めていた。















少女、雨宮すずはパーティードレスを着込み、鏡の前で念入りな最終チェックをしていた。
ホントは弟の尽におかしくないか聞きたいところだが、彼は自分のクラスのクリスマス会へと出かけており不在。
仕方なく鏡の前に立って何度も覗き込んでいたのだった。


「あ、そろそろ行かなきゃ」


時計は当初の出発予定時刻をすでに過ぎていた。
すずは慌ててコートを羽織り、急ぎ足で家を後にした。


遅れたとは言っても、パーティーの開始時間には余裕で間に合う時間だった。
それでもすずの足は自然と速くなる。
それはきっと、すずの緊張がそうさせているのだろう。
赤信号にさえも気持ちは焦り出してしまう。




まず、葉月くんと2人になれる場所に行って、それから・・・・。




頭の中でシュミレーションをしていると、目の前の信号が青になり、すずと同じく立ち止まっていた歩行者たちが一斉に歩き出した。
その流れに乗ってすずも歩き出そうとしたとき、後ろから不意に力が加わった。
一歩を踏み出そうとしていた足は、そのか弱い力によって止められる。
「何だろう?」と思って後ろを振り返った。・・・しかし何もない。「あれ?」と思っていると下から声が発せられた。


「おかーさん・・・?」


すずの足元に3、4歳くらいの小さな女の子がいた。
すずを見上げるその瞳には不安が満ちている。そんな切なげな瞳で見つめられたものだから、すずは思わず言葉に詰まってしまった。


「えーっと・・・・」
「・・おかーさん、じゃない・・・・」


今にも泣き出してしまいそうな表情でじっとすずを見つめる。
小さな手にすずのコートの裾をしっかりと握って。
その様子から状況を整理しつつ、言葉を続けた。


「お母さんとはぐれちゃったの?」


すずはしゃがみ込んで少女と同じ目線になりながら優しく問いかけた。
途端、緊張の糸が途切れたのか、女の子の瞳から涙がポロポロと溢れ出した。


「う・・・お、おかーさん・・・さっき、まで・・いっしょ・・・だった、のに・・・」


たどたどしく紡がれた言葉を一言一言しっかりと受け止めつつ、すずは女の子の手を握った。少しでも安心して欲しくて。
パーティーへ急いでいたすずではあったが、だからと言ってこんなに寂しそうに、不安そうにしている女の子を置いていくなんてできるわけがなかった。
視界の端に入ったベンチの方へと移動を促しながら、話を続けた。


「そっか。じゃぁ、きっとお母さんもあなたのこと探してるね。わたし、雨宮すずって言うの。あなたは?」


ベンチに座らせて、少女の方を覗き込む。すると少女は「ゆか・・」とだけ返した。


「ゆかちゃんか。大丈夫だよ、お姉ちゃんが一緒にお母さん探してあげるからね」


そう言うと少女、ゆかの表情はパァッと明るくなった。
どこだか分からない場所で、母親とはぐれて1人っきりになってしまったゆかにとって、すずの存在はそれほど大きなものだったのであろう。


「ありがとー!すずおねえちゃん!!」
「ゆかちゃんは、今日はお母さんとお買い物だったの?」
「うん!クリスマスケーキをかったの!」


満面の笑みを浮かべて、ゆかはすずに告げた。
その言葉からまず一つ目の情報を得る。つまり、ゆかの母親はケーキを持っているのだ。
ゆかの話を聞きながら目の端で行きかう人々の中に、手にケーキを持っている女性を探す。が、それらしい人はいない。
さらに情報を得ようとすずは話を広げることを試みた。


「お母さんの今日の服装とか覚えてるかな?」
「うーんと・・おねえちゃんとおなじしろいコートをきてたよ!」


ゆかの言葉を受け、再び辺りを見渡すが、白いコートと言うのはこの時期定番の一着で、それを羽織っている人は、はっきり言って多い。


まさか、一人ひとりに聞いていくわけにもいかないしなぁ・・・。


諦めて、さらに話を続けることを試みる。


「そっかぁ。それじゃゆかちゃんたちはお家に帰る途中だったのかな?」
「そう!はやくかえって、パパのかえりをまとうねっていってたの」
「そっかそっか」


満足そうに答えるゆかとは反対にすずは少し困った表情を浮かべた。
「ゆかの母親の情報を」と思ったのだが、何を聞けば母親の情報に行き着くのかが分からなかったからだ。
また、もし母親のことを聞き出せたところで、今日はクリスマスで、行き交う人はかなり多い。その中からゆかの母親を探し出すことなど本当にできるのだろうかという思いが膨らみ始めた。


どうしよう・・・。
ゆかちゃんのお母さんを探す前に、まず交番に連れて行った方がいいのかなぁ。
もしかしたらお母さんも交番に行ってるかもしれないし・・・。


すずは勢いよく立ち上がるとゆかの方に手を差し出した。


「お巡りさんのところに行こうか。お母さん、そこにいるかもしれないしね」
「・・・おかーさん、みつかるかなぁ」


塞ぎこんでしまったゆか。
すずはゆかの前でしゃがみ、「大丈夫!お姉ちゃんが絶対見つけてあげるから」と言うと、ゆかはすずの手をギュッと握って立ち上がった。




ここから一番近い交番は歩いて15分くらいのところにある。しかし今日はゆかもいるため、かかる時間はいつもの倍かもしれない。
時計の針はすでにパーティーが始まる時間を指していた。
ブンブンと首を振り、すずはゆかの手を引いて歩き出した。













「ねえ、おねえちゃん。サンタさんにあったことある?」


そう言うと、ゆかはすずを見上げて、すずの返事を待っているようだった。
すずはゆかの質問の真意が見えず、とりあえず正直に答えた。


「お姉ちゃんはない、かな・・」
「そうなんだ。ゆかもね、あったことはないけど、おねがいごとをかなえてもらったことはあるよ」


ゆかはにっこりと笑ってすずを見上げてきた。
こぼれんばかりのその笑顔に、すずは思わず惹きつけられた。


「どんなお願い事だったの?」


すずの問いかけに、少し考え込むような表情になった後、再び笑顔を浮かべた。


「ナイショ。ゆかとサンタさんだけのヒミツなのー」


そう言ってゆかはすずの2、3歩前を歩き出した。手を繋いだままだったのでつられてすずの歩調も早まる。
角を曲がると、視界の奥の方に小さく、交番が見えてきた。


「ゆか!」


交番に向かって歩みを進めていたすずとゆか。その後方から声が発せられたのだ。
振り返ると1人の女性が立っていた。その手にはおそらくケーキであろうと思われる大きめの紙袋。
すずが確認しようとする前に、ゆかが叫んだ。


「あ、おかーさん!」


母親の姿を認めるとゆかは安心しきった表情を覗かせた。
すずはそっとゆかの手を離すとそのままゆかの背中を押した。
押されるがままにゆかは母親の元へと走り出し、すずはその後について母親の方へ歩み寄った。


「おかーさん、おねえちゃんにいっしょにさがしてもらってたの」


抱きついてきたゆかをしっかりと抱きとめた後、ゆかの母親はすずの方に向き直って「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。


「ゆかちゃん、今度はお母さんの手を離しちゃダメだよ」


そう言って2人を見送ろうとしたすず。するとゆかはすずに振り返った。


「おねえちゃんも、サンタさんにおねがいごとするといいよ!ぜったいかなえてくれるから」


「じゃぁねー」と手を振ると、母親と再び歩き出した。


お願い事・・かぁ。ふふ、可愛いなぁ。


すずは2人の背中に小さく手を振りながら見送っていた。
その手に付けられていた腕時計を見て、一瞬ですずの顔色が変わった。


パ、パーティー!!!!


時間はパーティーのプレゼント交換であろうと思われる時間となっている。
さらに今すずがいる場所からパーティー会場までは30分以上かかってしまう。
着く頃にはおそらくパーティーも終わってしまっているだろう。




だけど・・・・




すずは、キッと顔を上げて走り出した。




お願い、まだ、いて・・・・




















会場である、はばたき学園の理事長の家に着いた頃、辺りはすでにシンとしていた。
それは祭りの後の静けさそのものだった。


間に・・合わなかった・・・?


ガクッと膝を付いてしまったすず。
今年のクリスマスには必死の覚悟をしていただけに、落ち込んでしまった気持ちは大きすぎた。
告白してダメだった場合よりも受けたダメージは大きいかもしれない。
告白すらできなかったのだから。


まるで、「告白をしてはいけない」と運命に定められてしまっているかのように・・・。
思わず暗い気持ちが心を支配する。


わたしと葉月くんってそういう運命、なのかなぁ・・・・。


そんなことを考えていると思わず涙が溢れてくる。










瞬間、フワリとすずを包み込む何か。
咄嗟にそれが何だか分からなくて、すずはただ身を固くした。
すると耳元でそっと囁かれた。


「やっと来た・・」


それは愛しい人の声。


「は、づき・・くん・・・」


その存在を確かめるように、すずは自分の体に回された葉月の腕をしっかりと掴んだ。


「おまえ、ケータイ持ってないだろ?何回電話しても繋がらなかった」


そう言われて、すずは初めて携帯電話の存在を思い出した。だが、最後にそれを触った記憶は自分の部屋だ。それをバッグの中に入れた記憶は確かになかった。


「何か事故にでもあったんじゃないかって心配した・・」


葉月の腕にさらに力が込められた。
その力強さに、すずは今始めて葉月にかけてしまった心配を思いやった。


「ごめん・・。いろいろあって・・・本当にごめんなさい」
「・・もういい。こうして無事だったんだから」


その言葉に、何故かすずはまた涙が溢れてきた。

それは、葉月に心配をかけてしまって申し訳ないという思いよりは、自分のことをそんなに心配してくれたという事実に、不謹慎ながらも心が震えてしまったのだ。
単純に、嬉しいと・・・。


「もう、今日は会えないと思ってた・・」
「俺もだ・・。だけど・・・会えたな」


葉月はすずから腕を離すと、そのまま肩を掴み自分の方へと向きを直させた。
向き合った葉月から注がれたのは、すずを安心感へと誘う奇麗な笑顔。


「すず、・・メリークリスマス」


そう言われて、ふとさっきの少女の言葉がすずの頭にフラッシュバックした。



“おねえちゃんも、サンタさんにおねがいごとするといいよ!ぜったいかなえてくれるから”



サンタクロースなんていないと思ってた。
実際、本当にいるのかどうかなんて、わたしは知らない。


それでも、今日こうして葉月と出会わせてくれたのは、もしかしてサンタクロースが自分の願い事を叶えてくれたんじゃないかと、思えてくる。









すずは笑みを携えながら、葉月に言葉を投げ返した。


「葉月くん、メリークリスマス」