タイム・ラグ




卒業式。
それは一種の儀式。


それぞれが抱える想いを胸に新しい世界へと旅立つ日。
そして―――――――別れの日でもある。












お前は今頃あいつに会っているんだろうか?
その想いを伝えるために・・・・・。

お前がどれほどあいつのことを想っているか、俺が一番よく知ってる。
だからお前には幸せになってほしい。





でも、それは同時に俺の絶望の始まりでもある。


ずっと分かってた。
あいつもお前のことが好きなんだって。

すぐに分かった。
あいつはいつだって俺に挑戦的だったから。
たぶん友達として一番近くにいた俺が目障りだったんだろう。
けど俺はこの場所を他の誰にも譲る気はなかった。
ここは彼女の近くにいるために、俺に唯一残された場所なのだから。



本当は、あいつの想いは一番にお前に伝えなくてはいけなかったのかもしれない。
親友として。

お前がいつだって不安がっていたのを知っていたのだから。
「あいつも同じ気持ちなんじゃないか」と。


でも、いつも俺を頼って相談してくるお前にそのことは言えなかった。
言ってしまえばこんな些細な繋がりさえなくなってしまうんじゃないかって・・・俺は怖かったんだ。お前を失うのが。




だからせめて今日だけはお前の幸せを祝福してやりたい。
今まで親友を演じていたくせに、一番肝心なことを伝えてやれなかった償いとして。















今日で最後になるこの高校を、お前との思い出を胸に焼き付けたくて、俺は校内を歩いていた。
そして辿りついたあの教会―――――――




お前は覚えていないんだよな。
あのときのこと。

でも、それでいい。
優しすぎる思い出は、今のお前には必要ないものだから。








教会の扉に近づくと、そこに人影があることに初めて気づいた。
その主は開かない教会を恨めしそうに眺めていた。
そんな影にふと見覚えがあるような気がして、足早に近づいた。



「お前・・・・ここに、いたのか」

「葉月くん・・・」




振り向いたその顔で全てが分かってしまった。



あいつは、今日という日に彼女に出会えなかったのか・・・・・?



今、彼女は俺の目の前にいる。
少し寂しげな表情を浮かべて。



ダメだったことを告げるその姿は痛々しいものだったけど、俺はそんな彼女にさえ嬉しさがこみ上げてしまった。


きっとあいつは今ごろ必死になって彼女を探していることだろう。
そして俺が彼女に一言「探して来い」というだけで2人の運命は重なり合うはずだ。





だけど・・・・・・・
これは俺に与えられた最後のチャンスなのかもしれない。


ずっと後悔していたんだ。
もし入学式のあのときからやり直すことができたなら、俺は今度こそ彼女を選ぶのに・・・・。
何を犠牲にしてでも絶対に彼女との未来を取るのに、と―――――――



だからこれは、神様が俺に与えてくれた最後のチャンスなんだ。
自分に正直になるための・・・・・。






「俺はお前のいいところ、全部、知ってるから」


当たり前だろう?
10年以上前からお前だけを見てきたのだから。






俺たちは今日でこの場所から卒業する。

でも今日は旅立ちの日であって、終わりの日じゃないから。
今日を別れの日にしなければ、俺たちの物語はこれからもずっと続いていく。


もし運命があるのだとしたら、今日この場所で彼女に出会えたことに感謝したい。
絶対にこの奇跡を無駄にしたりなんかしない。











だから、いつかまた2人でこの教会に来よう。
その時は今度こそ、お前に過去の真実とあの物語の続きを聞かせたい。



俺たちは物語の中の2人のようにはいかなかったけど、

未だ目覚めぬ姫をこれからゆっくりと起こしていこうと思う。
先に目覚めてしまった王子として―――――――




2人のタイム・ラグを少しずつ埋めていこう。