未来予想図




春、わたしと珪くんはそろって一流大学に入学した。


卒業式の日に珪くんからわたしに告白をしてくれて、わたしたちは付き合いだした。
お互いにずっと好きだったのに、気まずくなりたくないという想いからその一歩を踏み出せずにいた。
でも卒業式を迎えて、わたしたちはやっと素直になることができた。



穏やかで幸せな日々が始まった。
それはこの先もずっと続いていくと信じて疑わなかった春の話。












「俺、ドイツに行こうと思う・・・・」



夏の厳しい日差しは屋内のクーラーに和らげられていたが、テーブルの上に置かれているアイスティーは出されてからまだ数分しかたっていないのに大量の汗をかいていた。
そのくらい暑い大学1年生の夏休み。

わたしは「話がある」と珪くんの家に呼び出されていた。




「それは・・旅行とかじゃなくて・・・・?」


分かっていてもそんな馬鹿な質問をしてしまう。
そうであって欲しい、というわたしの微かな希望。
でもそれはあっさりと破られる。


「俺の祖父さんがドイツにいたのは知ってるだろう?」
「うん・・・・」
「それで、祖父さんの知り合いが俺にアクセサリー作りを教えてくれるって言ってくれたんだ」
「・・・・・・・・・」
「行くなら早いほうがいい。やりたいことはもう決まってるから」



「・・・大学はどうするの・・・?」
「とりあえず休学扱いにしてもらう。様子を見ながら、向こうの大学に通おうかとも思ってる」
「つまり・・すごく長いんだね・・・・」
「・・・ああ。何年かかるか分からない・・・・」





言葉が出てこなかった。
突然の珪くんの話に頭がついていかない。



「・・・ちょっと、お手洗い・・借りるね・・・・・」



珪くんの返事を聞く前にわたしは珪くんの部屋を出て行った。
洗面所に入るなり、鏡を見つめた。




・・・うわ・・・ひどい顔・・・・・・


表情は暗く、悲壮感が漂っている。
わたしの顔って正直だな、なんて苦笑いがこぼれてしまう。




・・珪くんは将来のことしっかり考えてるんだな。
珪くんがアクセサリー作りを好きなことはよく知ってる。

将来、アクセサリーデザイナーになりたいことだってちゃんと知ってた。


でも、まだまだ先のことなんだって思ってた・・・・・・。




珪くんがいなくなる・・・・・。


そう考えただけで目頭が熱くなる。
やっと珪くんの彼女になれたのに。
やっと堂々と隣にいることができるようになったのに。


寂しいよ・・・珪くん。
珪くんはわたしと離れても平気なの・・・?



溢れてきた涙は止まらなかった。
声を殺してわたしは泣いた。










コンコン―――――――
しばらくして洗面所のドアをノックする音にわたしは飛び上がりそうになった。



「なぁ・・・言いたいこと全部言ってくれてかまわないから・・・・。お前の気持ち、全部ちゃんと受け止めたいんだ。だから出てきてくれないか・・・?」


ふと鏡を見ると先ほど以上にひどい顔をした自分が映る。
こんな顔・・・見せられないよ・・・・・。



「わたし寂しいよ・・・・」
ドアを挟んでわたしは話しかけた。


「珪くんがいなくなっちゃうなんて絶えられない・・・・」
「・・とりあえず出てきてくれないか・・・」
「珪くんはわたしがいなくなっても平気なの・・・・?」


自分で言って、余計涙が出てきた。
珪くんにとってわたしって一体なんなんだろう・・・?



「・・平気なわけ、ないだろう・・・・・」

ふとすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。
でもそれは確かに珪くんの声だった。

居たたまれなくなってわたしはドアを少し開けた。
すると珪くんが勢いよくドアを開け広げ、わたしをその腕で包み込んだ。


「1秒だってお前と離れてるのは辛い・・・・」
「だったら・・・・」

どうして今、ドイツに行ってしまうの?



「なぁ・・・俺は自分の未来を思い描くとき、そこには必ずお前がいるんだ」
「え・・・・」
「どこでどんな風に暮らしてるかはそのときそのときで違うけど、お前の存在だけはいつだって変わらない」



珪くんはわたしの体をゆっくりと離した。
緑色の瞳に見つめられてわたしは目が離せなくなる。



「俺、大学を卒業したら、すぐにでもお前と結婚したいと思ってる」
「・・結、婚・・・・?」
「ああ。結婚したあとにお前と離れて暮らすなんて俺には耐えられない。だから、ドイツに行くなら今しかないんだ」


あまりに急な話の展開にまたしてもわたしの脳の理解はついていかない。


「結婚・・・・・わたしたちが・・・・・?」


いつまでもわたしがボーっとしていたら、珪くんは少し不安そうに口を開いた。


「・・・嫌か?俺と結婚するの・・・・・・」
「そんなわけないっ!」


瞬間的に答えていた。
これが、わたしが考えなくても出る答えだった。


「わたしだって、珪くんとずーっと一緒にいたいもん・・・」
「サンキュ・・。だからさ、今しかないんだ・・」





そんな将来のことまで考えていてくれたことがすごく嬉しい。
だけど、そのために今離れてしまうのがすごく寂しい。


相反する二つの感情がわたしの中で対立する。



けれど、2人の将来を作り上げようとしてくれている珪くんにわたしがしてあげられることは一つだけ。




「手紙とメールいっぱい書くかもしれないけど、いい・・・・?」





わたしの言葉に珪くんは笑顔を浮かべた。

「毎日電話する」

「た、たまには会いに行ってもいいかな・・・・?」

「俺も、会いに来るから」



「それから・・・・・」


その続きは珪くんの言葉に塞がれてしまった。



「お前が大学を卒業するまでに、必ず帰ってくる」




わたしは珪くんに思い切り抱きついた。

「ぜ、絶対だからね・・・」


フワリとわたしを包み込む珪くん。
この居場所を絶対に失いたくないから。
永遠に手に入れたいから。




だから・・・・いってらっしゃい。