境界線




「みゃぁ〜・・・・・」






愛くるしい姿で懐いてくる子猫。
その様子を微笑みながら見つめる麗しい青年。
彼にとっては付き合いが長い存在。
生まれてからずっと側にいる彼に子猫は安心しきって甘える。




「お前は本当に甘えん坊だな・・」




そう言いながら声の主、葉月珪は猫をその胸に抱き抱える。






親猫とも付き合いが長く、家族そろって葉月の足元でお昼寝をしている。
先に目を覚ましてしまった子猫が、「かまって」と言うように葉月にじゃれ付く。






「・・・・すず」






葉月は子猫に呼びかける。
それは子猫に付けられた名前。
トロくて、おっちょこちょいなその様子から葉月がつけたもの。
そして葉月にとって唯一の愛しい存在と同じ響き。




幾度となく唱えた名前だが、未だ本人に向かっては言えないでいる名前だった。




もう一歩が踏み出せず、足踏みをしている状態。
早く抜け出したいと思いながらその先にあるものを想像できず、立ち止まってしまっている自分。






もし「すず」と呼ぶことができたなら・・・その先には一体何があるのだろう?


それを見るのが・・怖い・・・・・・・。












けれど葉月の心はもう限界に近づいていた。


ただの友達として側にいる今。
それ以上を望んでいる自分。

―――――――掴めない彼女の気持ち






絶対に失いたくない、という葉月の強い想いがその一歩を阻む。
もし彼女を失ったら、きっと自分は自分でなくなってしまう。
だからこそ踏み出せない一歩。








でも心の奥では分かっている。
ずっと今のままではいられないこと。
踏み出した先にあるものがたとえ残酷なものでも、もう前に進むことしか残されていない。


すでに彼女を望んでしまっているのだから。












「みゃぁ?」




子猫の発した声に葉月は現実に引き戻された。




「悪い。ぼーっとしてた・・・」




やっと自分の存在を思い出した様子に満足すると、子猫は葉月の腕の中で再び夢の世界に行こうとする。
そんな子猫を葉月は優しく見つめる。




「何だよ、自分だけ行っちゃうのか・・・。本当にそっくりだな、マイペースなとこ・・」












暖かい日差しの中で流れる午後のひととき。
そこに新たな訪問者が訪れるのはそんなに遠くない未来―――――――