暗闇の中で
狭く暗い闇の中、感じるのはあいつの気配だけ。 それだけで俺の胸はこれ以上ないくらい高鳴っている。 修学旅行3日目の夜、俺たちの部屋では枕投げ大会が行われていた。 早く布団に入りたい俺にとっては迷惑この上ない話だ。 仕方なく他の部屋で寝ようと立ち上がったとき、部屋のドアが開いた。 そこに立っていたのはよくしゃべるヤツと――――――あいつだった。 止めるまもなくあいつは枕を手にあの激しい合戦の中へ入っていった。 俺を巻き込んで・・・・・・・。 最初はどうして俺まで、と思っていたがあいつの楽しそうな顔を見ているうちにそんなふさいだ気分はどこかへ消えていった。 お前はいつも俺の気持ちを簡単に変えてしまう。・・・不思議なヤツだ。 何とか俺たちのチームが勝利を収めたとき、険しい喝が入った。 確かに・・・相当うるさかったことだろう、この部屋は。 「隠れろ!」という誰かの声を合図に、俺たちは一斉に散った。 俺は手近にあった押入れの中に身を隠した。 すると俺が入ったすぐ後に、誰かが入ってきた。 押入れの戸はぴったり閉められ、辺りは真っ暗になった。 せっかくの場所を半分誰かに取られ、小さくため息をついた。 相手はどうやら俺が先に隠れていたことを知らなかったようで、俺の存在に驚いている様子だった。 狭い押入れの中では2人分のスペースを確保するのが精一杯で、互いに身動きが取れない。 そのせいか僅かながら緊張感が走る。 出入り口で説教をしていた氷室が女子がいないかを確認するために、部屋の中に入ってきたのが気配で分かった。 瞬間、隣にいるヤツが強張った。 こいつ・・・女か・・・・・? 氷室の侵入で少し近寄った2人の距離。 そして微かに香るシャンプーの残り香。 この匂い・・・・・・もしかして・・・・・・。 さっきの枕投げで嗅いだものと同じ匂いだった。 隣にいるのは・・・お前なのか・・? ようやく暗闇に慣れてきた目を凝らして隣にいる存在を見る。 ぼんやりと視界に映ってくるのは、俺と同じはばたき学園の体操着を身につけた女だった。 そっと手を伸ばしてその女の髪に触れてみる。 手触りのいい猫っ毛の髪質。肩までの髪。そしてこのシャンプーの匂い。 間違いない、彼女だ。 そう確信すると同時に、氷室が押入れのほうに向かってきた。 あいつはさらに体を強張らせると、小さく縮こまった。 氷室に見つかれば反省文どころの話ではないことは明確だ。 最悪、明日の自由行動も禁止されかねない。 俺はあいつの肩を抱き寄せた。 どうしてそんなことをしたのか自分でも不思議だった。 ただ手が、体が勝手に動いた。 俺の突然の行動にあいつは戸惑っているみたいだった。 「大丈夫だから・・・・」そう声をかけると、相手が俺だと分かったのか、あいつは少し落ち着いた様子だった。 その間も氷室の足音は確実に近づいてくる。 俺は氷室からあいつを隠すように腕の中に包み込んだ。 トクトク、と心臓の音が聞こえる。 それが俺のものなのか、あいつのものなのかも分からない。 ただ、この腕の中の温もりに俺はひどく安心していた。 見つかってはまずいと思う反面、この時間が永遠に続けばいいのにと心のどこかで願ってしまう。 けれどそんな俺の願いも虚しく散った。 幸い氷室は押入れの前まで来たと思ったら、踵を返してそのまま帰っていった。 「電気を消してすぐに寝るように」と氷室の声が聞こえ、出入り口のドアは閉められた。 部屋中から安堵のため息が漏れた。 そして俺の腕の中からも―――――― 見つからなくてよかったと思う気持ちと、この手を離さなければならない現実とが入り混じり、俺も深いため息をついた。 押入れから出ると、そこにいたのはやっぱりあいつだった。 笑顔を浮かべて「やっぱり葉月くんだったんだね。ありがとう」と話しかけてきた。 その表情に俺の鼓動はまた早くなる。 俺の中でどんどん大きくなるあいつの存在。 その度に俺は戸惑ってしまう。 変わろうとしている気持ち、超えようとしている感情。 そして、これから始まる2人の関係。 幼い頃の思い出が再び蘇ったかのようだった。 時を越えて俺はまた姫に恋焦がれ始める。 |