わたしには忘れられない人がいた。
それは遠い記憶の中の人。
いつごろのことかも定かではなく、顔もぼんやりとしか覚えていない。
でも、とてもとても大好きだったことだけは覚えてる。
それはわたしの初恋だった。






わたしとその子はよく2人で絵本を読んでいた。
どこかの国の王子様とお姫様のお話。
あの男の子が読んでくれるその絵本がわたしは大好きだった。



来る日も来る日もわたしたちは飽きることなく遊んでいた。
お母さんと喧嘩したことや、テレビの話、近所の猫のこと・・・・何でも話した。
その子はいつも決まってわたしの頭をポンポンと叩いて、わたしはその行為にひどく安心できていた。
平和で穏やかな日々。ずっと続いていくと信じて疑わなかった幸せ。









けれどある日、その幸せは突然崩れた。
「しばらく来られない」という男の子の一言で。
わたしは散々泣いて、彼を困らせた。
そんなわたしに男の子は少し寂しそうに微笑んでこう告げた。
「王子は必ず迎えに来るから」









その約束を支えにわたしは成長していった。
迎えに来てくれる日を待ち続けた。

でも、その約束は守られなかった。



破ったのはわたしだ。
父親の仕事の都合で県外に引っ越すことになったのだ。
泣いて叫んでもわたしの願いは叶えられず、結局そこを離れてしまった。
確かに、子どもだったわたしには仕方ないことだったかもしれない。
でも責められるべきは離れてしまったことじゃなくて、約束を諦めてしまったこと。









わたしは約束を守れなかったから、もう王子様を待ってはいけない。
幼すぎた心にその罪は重すぎて・・・・わたしはその約束自体を心の奥にしまった。
わたしは待ち続けることができなかった姫だから。
きっと王子様もこのことを知ったら姫に愛想をつかしてしまうだろうと、そうなる前に自分から切り離した。






誰かが言っていた。「初恋は叶わない恋だ」と。
その言葉に同調して、わたしはこの恋を過去のものにしてしまった。




まさか、王子が姫を待っていてくれるとは思わなかったのだ。






それはわたしが弱かったせい。
王子のことを信じきることができなかった姫の弱さが、あの約束を惑わせてしまった。
もしわたしがもっと強かったら、もっと早くに2人は出会えていただろう。
そうしたら、あなたに寂しい想いをさせずにすんだかもしれない。
そのことがすごく悔しい。



あなたはずっとわたしを探してくれていたんだね。
勝手に約束を諦めてしまった姫の分まで王子が強かったから、2人はまた一緒にいることができるんだね。









あの日あなたがわたしを迎えに来てくれたとき、わたしは夢を見ているのかと思った。
こんなにも長い年月を超えて、あの約束が成就されるなんて思ってもいなかったから。
約束を失ってしまったわたしを、あなたはまだ「姫」と呼んでくれた。
わたしを受け入れてくれた。












すれ違った姫と王子を再び巡り会わせてくれたのは奇跡なんて儚いものじゃなくて、王子の強い愛だった。
弱い姫を大きく包み込んでくれた王子の深い愛。






だから、わたしはもう迷わない。
二度とこの手を離さないと誓ったから。
もしまた二人が離れてしまうときがきても、次はいつまでも待ち続けることができるように―――――――