確信犯
今日は高校を卒業して、わたしたちが付き合いだして初めての珪くんの誕生日。 わたしはちょっとしたサプライズを計画していた。 いつもいつもわたしばっかり珪くんに驚かされたり、喜ばされたりしてるから、たまにはわたしが珪くんを驚かせてやる!と思ったのが始まり。 今日珪くんは大学の授業が最後までみっちりあるって言ってたから、こっそり部屋に行ってパーティーの準備をして驚かせてやろうという計画だ。 その第一関門。 まずは珪くんの家の鍵をどうやって拝借するかが問題。 とりあえず、珪くんのところに行ってみよ。 お昼休みだから珪くんつかまるよね。 わたしは文学部、珪くんは経済学部に所属している。 高校時代とは違って同じ大学に通っていても、偶然会えるということはほとんどない。 だから大学内で会いたいときはいつも連絡を取り合っていた。 カバンの中から携帯を取り出して珪くんにかける。 が、いくらコール音が鳴っても相手は出ない。 あれ? 気づかないのかな? うーん・・・しょうがないけど珪くんから連絡くるのを待つしかないか。 と、そこにメールの受信音がなった。 見るとそれは、今まさに電話をかけた相手から。 『ごめん、風邪で寝てる。 声出ないから電話出れない。』 葉月からのメールはいつもこんな感じで、率直かつ端的だった。 その葉月らしい文面にすずはいつも密かに笑みがこぼれてしまう。 が今は内容が内容なだけにそんなことを楽しむ余裕はなかった。 『風邪って大丈夫なの? 何か食べるものとか持ってくよ。 行っても平気?』 『悪い、頼む。』 その後“暖かくしててね”と返してメールは途切れた。 珪くんが風邪をひくなんて珍しい・・・。 そうと決まったらまずは買出し行かなくちゃ! サプライズは残念だけど、珪くんの風邪の方が心配だしね。 それにしても、誕生日に風邪をひくなんて珪くんらしいというか、なんというか・・・。 きっとまた自分の誕生日忘れちゃってるんだろうなぁ。 すずは午後の授業の自主休講を決め込むと急いで家に帰った。 スーパーでの買い物を終え、念のためとアイス枕や体温計、風邪薬の準備をし、葉月の家に向かった。 葉月の家に着き、玄関口まで来る。 インターホンを押そうと伸ばした手が一瞬止まる。 もし寝てたら・・起こしちゃうよね・・・? すずは玄関先でしばらく悩み、ふとドアノブに手を伸ばすと、すずを迎え入れるかのようにカチャっと静かな音を立てて開いた。 ぶ、無用心だなぁ・・・。仮にも風邪をひいて寝込んでるっていうのに・・・・・・。 いや、とにかく中に入ろう! 「・・お、お邪魔・・しまぁーす・・・」 遠慮がちに断るとすずはキッチンに向かった。 何度となく訪れている場所ではあるが、いつまでたってもすずはここに来ると緊張してしまう。 それはここが葉月の住む家だからなのだろう。 葉月の気配で包まれているこの家はすずにとって心地よくもあり、程よく緊張する場所でもあるのだ。 「ま、まずは珪くんの様子を見に行ってみよう」 誰に言うでもなく呟き、階段を上って葉月の部屋に入る。 すると部屋の主はベッドで寝息を立てている。 ・・・よかった。寝てるみたい。あ・・・・熱とか大丈夫かな? すずは葉月に近づき、そっと手を伸ばした。 すずの手が葉月の額に触れそうになった瞬間、急に手を引かれ、ベッドに倒れこんだ。 「け、珪くん!?」 「ひっかかった」 クスッと笑いながら葉月はすずをその胸に引き寄せる。 「え!?ひっかかったって・・・?」 葉月に抱き寄せられパニックになっているすずには、葉月の言葉の意味を考える余裕がない。 そんな様子のすずを愛しそうに見つめ、その華奢な手を自分の額に当てる。 「熱、ないだろ?」 「・・・ホントだ。熱くない」 「風邪ひいてないんだ」 そう言いながら葉月はすずに微笑む。 すずはますます意味が分からなくなってしまった。 「今日はすずに一緒にいて欲しかったから」 「今日はって・・・珪くん今年は誕生日覚えてたんだ?」 「ああ。だからどうしてもすずに側にいて欲しかった」 「なんだ〜。今年はサプライズの計画立ててたのに・・・」 せっかくの計画がつぶれ、すずは口を尖らせて抗議した。 「そうなのか?何だ・・・だったらもうちょっと我慢すればよかったな。せっかくすずから俺のところに来てくれるチャンスだったのに」 「もう・・・」 「でも、今日の全てのすずの時間を手に入れたかったんだ。1秒だって長く一緒にいたい」 葉月がすずを抱きしめる手に力が入る。 相手の温もりを感じながらこの幸せをかみ締める。 そんな葉月に答えるようにすずの手も葉月に伸びる。 「誕生日おめでとう。珪くん」 かけがえのない人が生まれた大切な日に側にいることができる喜び。 側にいることを望まれている喜び。 「お前が俺の誕生日を祝ってくれるようになって、俺にとって誕生日の価値観が変わったんだ。今日という日にこんなに感謝するようになるなんてな」 高校時代の葉月はすずに誕生日のお祝いを言われるまで、自分の誕生日を忘れていた。 それでもすずは毎年葉月におめでとうを言い続けた。 すずにとって、この日は特別な日だったから。 そしてすずのそんな行為によって葉月自身も自分の誕生日を見つめ直すようになった。 「俺はきっとお前に会うために生まれてきたんだ。だから今日、どうしてもすずと一緒に過ごしたかった」 「・・・あ〜あ。珪くんの誕生日なのに、何だかわたしの方がお祝いされたみたい・・」 「俺はお前がこうして側にいてくれるだけでいいんだ」 「・・・わたしもだよ。珪くんさえ側にいてくれればいい。生まれてきてくれて、ありがとう」 どちらからともなく重なる唇。 甘く優しい口付けに2人は酔いしれた。 これ以上ない至福の時間にこの幸せを実感する。 |