帰り道




夏の厳しい日差しもだんだんと落ち着きを取り戻し始めた初秋の夕暮れ。
2学期が始まっても未だ夏休み気分が抜けない中、学生たちはそれぞれ岐路についていた。
各々のスケジュールを胸に、足取りも軽く。


そんな中バイトのない俺はふと海が見たくなり、家路とは反対に歩き出した。








人気のない海岸に着くと、砂浜に腰を下ろした。
夏にはあれだけ賑わっていた海も、シーズンが終わるとガランとしていた。



何もない、誰もいない、静かな場所。
静かで・・・孤独な場所。
以前の俺なら好んだ場所だったと思う。






でも今は・・・・・寂しさが過ぎる。




優しさを知ってしまったから。
温もりを知ってしまったから。



昔のまま、何も変わらないままで再び俺の前に現れた姫は、俺には眩しすぎた。
変わってしまった俺には不釣合いだと言わんばかりに―――――――







こういう所に来ると余計思い知らされる。
俺には孤独な場所がお似合いなのだと。
物語の王子とは違うのだと。

求めてはいけないと分かっていても、止まらないんだ。
どうしたら俺はお前の隣にいることができる?

いつか話した物語の続きをお前に話す資格が欲しい。
逃げてばかりの俺だけど、正々堂々とお前を迎えにいくための資格が―――――――










「風邪、ひいちゃうよ・・・?」




背後からの突然の声。

ふり返らなくてもわかる。
それは愛しい人の声色。




立ち上がりふり返ると、そこには何故か少し悲しげな表情を浮かべているアイツがいた。





「お前こそ、どうしたんだこんな所で・・・」



俺がそう問いかけると、少し眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「校門で・・一緒に帰ろうって声かけようと思ったら、お家とは反対の方に歩いていくから・・・・」





それでついてきたって言うのか・・?





「途中で何度も声かけようと思ったんだけど、葉月くん、何だか様子が変だったから・・・・。」



それきりアイツは俯いてしまった。





心に小さな小さな明かりが燈る。



ありがとう、心配してくれたんだろう?
その優しさに触れるたびに、俺はいつも溺れてしまいそうになるんだ。

お前は知らないだろうけど。







「・・海・・・見たくなって・・」



俺がそう言うと、その言葉に反応して顔を上げたアイツと目があった。
俺の大好きな、優しさを含んだ瞳。



「海?・・・そっか。この時期の海って落ち着くもんね・・」




落ち着く・・のか?
こんなに寂しい場所なのに・・・。




「わたしもね、この時期の海好きなんだ。夏とはまた違ってどこか穏やかで・・何だか葉月くんみたいだね」



「?・・・俺みたい・・?」



「うん。だって葉月くんの隣は居心地がいいもん。穏やかであったかくて」




穏やかであったかい・・・・?
俺が・・・・・?



一瞬、アイツの言っていることが理解できなかった。
言葉に詰まっている俺をよそにアイツはさらに続けた。



「だっていっつも守られてるなぁって感じるんだ。わたしばっかり甘えちゃって申し訳ないなぁってこれでも思ってるんだよ?」



そう、なのか・・・?



真意を探ろうと視線を交じ合わせると、アイツは俺に微笑んだ。
その笑顔を見た途端、体が勝手に動いた。
俺の手はアイツの体を抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。



「お前に甘えてるのは、俺のほうだ」

「葉月くん・・・」




失いたくない。
この温もりを、この重さを。
絶対に失いたくない。


自然と回した手に力が入る。
すると、そろそろとアイツの手が俺の背中に当てられた。


「・・もっと甘えてくれていいんだよ?わたし、葉月くんのこと、もっともっと知りたいもん・・・」










なぁ・・・いつか物語の続きを話せる日が来るだろうか?

そのときお前はどんな顔をするんだろうな。
泣いてもいい、怒ってもいい・・・。


だからどうか俺の隣からいなくならないでくれ――――――