愛しさの隣




10月16日。
今年俺は21歳になる。






昔は自分の誕生日になんて興味がなく、人に言われるまで忘れていた。

多忙な両親は子どもの頃からあまり家にいなかったため、
いつだって誕生日は1人きりだったから、誕生日を意識することが苦痛でしかなく、 忘れたままの誕生日の方が変に孤独な気分にならずにすみ、気が楽だった。




それが変わったのが高校生の頃からだ。


あいつは毎年俺に「おめでとう」を言ってくれた。
それで自分の誕生日を忘れたまま通り過ぎることはなくなったのだけれど、
正直、最初は「よく人の誕生日を覚えていられるな」くらいにしか思っていなかった。

でも、あいつに「おめでとう」と言われて自分の誕生日を思い出しても、
不思議と寂しい気持ちにはならなかった。
それまでは誕生日を思い出すだけでどこか暗い気持ちになっていたのに。

それほど、あいつの笑顔が俺にとって効果のあるものだったのだろう。
俺が気づいていなかっただけで。




そんな俺の誕生日への意識が180度変わった。


誕生日にソワソワと落ち着かない心情になっている自分に気づいたのだ。
それが何なのか初めは分からなかったけど、学校であいつに会った瞬間答えが分かった。

俺は自分の誕生日を「特別な日」だと認識したのだ。


それは単純にあいつに「おめでとう」を言ってもらえる「特別」だったり
この世に生まれてきたことに感謝をする「特別」だったり


とにかく温かい気持ちでいっぱいになるようになった。













そして今年の誕生日。


隣には相変わらずあいつがいて。
もうそれだけでも十分なくらいなのに、せっせと俺の誕生日祝いの準備をしてくれた。
「わたしが一番にお祝いしたいから」
そう言って前日から俺の家に来て、準備を始めていた。


やっとその準備が終わり、俺がキッチンに入ったときに時計の針はきっかり12時をさした。









「珪くん、お誕生日おめでとう」



あいつの優しい声が静寂な夜の中で響く。
テーブルに立てられたキャンドルの光に包まれて、そこには豪華な食事が並べられていた。


「頑張ったんだ〜!ケーキも焼かせていただきました」


あいつが言うとおり気合の入った料理の数々。
そしてその中で一段と目を惹くのは、丁寧にデコレーションされた少し大きめのケーキ。
そこには「21歳おめでとう」と書かれたチョコレートのプレートが置かれていた。


「これ全部作ったのか・・・?」
「もちろん!」
「・・・サンキュ」


本当は感謝の気持ちでいっぱいだったけど、嬉しさと照れくささが入り混じった俺は一言そう言うのがやっとだった。
そんな俺の様子を見ながら、あいつはフワリと笑った。



「ね、実はちょっと奮発してワイン買ってみたんだ〜」
「ワイン・・・?」


そう言ってキッチンから持ってきたのはオールド・ヴィンテージ1986年の赤。
ワイングラスに注がれる赤い液体から深みのある香りが漂ってきた。


「これ・・・けっこう高かっただろ?」
「お祝いされる人は変なこと気にしないのー!!」


負担を掛けたんじゃないかと思って出た言葉は、
あいつに呆気なく跳ね返されてしまった。
そんなことすら心地よくて、ふと笑みがこぼれてしまう。


「誕生日おめでとう」と言うあいつの言葉に、2人でグラスを鳴らし一口含む。
するとワインの濃厚な味がアルコールと共に口の中に広がる。


「へぇ・・けっこう濃いな」
「・・・これが私たちが生まれた年のワインなんだね」


深い赤い色をしたワインを見つめながらあいつが言った。


「何かいいね、こういうの」
「ん?」
「私たちと同じ年月を過ごしてきたワインを、こうやって2人で飲むの。
わたしワインなんて詳しくないけど、この味はきっと忘れないよ」


そんなことを言いながらあいつが笑うから、俺もつられて頬が緩む。


「さ、食べよ!」


その言葉で俺たちは料理を食べだした。
今日は夜中にお祝いをしてくれると聞いていたから、夕飯も食べずにいた。
・・・正解だったな。こんなに上手い料理を食べるのは久しぶりだ。



真夜中の2人きりのパーティー。
あるのはキャンドルの仄かな明かりと豪華な料理、そして傍で微笑む最愛の人。
そんな至福のひととき。
いつまでも続いて欲しいと願わずにはいられないほど、俺は満ち足りていた。






3杯目のワインが注がれたとき、用意された料理はほとんどなくなっていた。
そのあまりの美味しさから、真夜中だというにも関わらず箸は止まらなかったのだ。

食事を終えてゆったりとした雰囲気が流れる中、言葉を発したのはあいつの方だった。
ワイングラスを見つめて少しうつろな瞳をしながら。


「わたしたちが出会ってもう何年になるのかな?」


『出会い』とはおそらく子どもの頃の方だろう。
今では俺もあれがいくつの時の思い出なのかはっきりとは覚えていない。


「さぁ・・どれくらいだろうな?」
「わたしたち、お酒が飲めるような年になっちゃったね」
「・・・おまえ、年寄りくさいぞ」
「あー!!ヒドイ・・・」


アルコールで赤みがかった顔で睨まれても少しも怖くない。
むしろその可愛らしい仕草に愛しささえこみ上げてきてしまう。











時計の長針が一週半したころ、
アルコール度の高いワインと張り切って準備をしてくれた疲れが重なったのか、あいつはソファーでウトウトし始めた。

自室から薄手の毛布を持ってきて掛けると「う〜ん・・・」と唸った。
そんなあいつをソファーにゆっくり寝かせると、規則的な寝息が聞こえ、眠りについたことを知らせる。


安らかな寝顔を見つめながら、あいつの頬にかかる髪の毛をそっと撫で、その柔らかい感触を楽しむ。





ずっと1人きりだと思っていた誕生日。
寂しい気持ちと共に過ごした子ども時代。

それが今では鮮やかに彩られる。
傍にいてくれる人の存在。
心から俺の誕生日を祝ってくれるその想いが孤独感から解き放つ。


今、この手の中にある確かな温もり。
この幸せ以外に欲しいものなんて何もないから。



「なぁ・・・これからも、ずっと傍にいてくれよな」


目を瞑り、彼女の肩に顔を埋めながら呟いた。









「・・・こうやってずっと年を重ねていこうね」




返事が来るとは思っていなかったので、不意に返ってきた言葉に少し面食らってしまった。
顔を上げてあいつを見るとその目はしっかりと開かれていた。


「起きてるなら起きてるって言えよ・・・」


独り言として呟いていた言葉。
本心を聞き取られた恥ずかしさが膨らみ、視線を思わず外してしまった。


「ウトウトはしてたんだけどね」


そう言いながらソファーから降りて俺の隣に座る。
2人で肩を並べて毛布に包まると、毛布とあいつの温もりで幸せな気分がまた膨らんだ。


「わたし珪くんと一緒にいられて本当に幸せなんだ。だから生まれてきてくれてありがとう」


俺の肩に華奢な体を預けながらあいつがゆっくり、そして甘くそう囁いた。


「・・・俺の方こそ、おまえがいてくれてよかった」


きっとおまえよりも俺の方が何倍も、2人の出会いに感謝してるだろう。
それくらい、俺にとっておまえはかけがえのない存在なんだ。









『あなたは私の心の幸い』―――――――



あの誓いから、俺たちは今永遠の中にいる。