遥か彼方の地で




風に揺れる艶やかな髪に大きな瞳。
小首を傾げながら見上げてくるその様は小悪魔のような魅力を持ち合わせていて、いつもドキリとさせられる。
かと思いきや、意外にドジでおっちょこちょい。
ぼんやりしてるようだが、テストの成績は学年で1位を取るほどに優秀。

その愛らしい表情に宿る笑顔は、もうそれだけで俺を魅了する。
彼女の笑顔は確かに昔の面影を残していた。
小さい頃に数回会っただけの少女。
その後間もなく離れ離れになったというのに、何故か彼女は俺の心に深く侵入していた。




思い出の中の姫は、“再会”という奇跡によって今再び俺の目の前にいる。







ここまでなら、あの絵本の世界の2人とよく似ている。
けれど姫は「現実」に相応しい残酷さを持ち合わせていた。






再会した姫は遠い日の記憶を持っていなかった。交わした約束も・・・。
あの約束だけを信じていた俺にとっては衝撃の真実だった。





それでもあのときと変わらない優しさに触れるたびに、そんな些細なことは気にならなくなっていった。

そう、重要なのは2人が再会したということ。
そして未来を共に歩いていくということ。
変えられない過去なんかより、これから築いていく未来の方が何倍も大切なんだと。

俺の未来には当然のように彼女が存在していたし、彼女にとってもそうだと盲目的に信じていた。






再会した姫が俺にもたらした最悪の真実。






彼女は俺ではない男に恋をした―――――――









「おまえ、好きなヤツいるだろ?」


否定して欲しくて言った言葉は、その願いも虚しく海のざわめきに掻き消された。
彼女はただ赤くなって俯いた。・・・真実を知るにはそれだけで十分だった。


彼女の前ではちっぽけなプライドが最後の一歩を耐え抜いたおかげで、平常心を演じることができた。
けど1人になった途端、目の前が真っ暗になった。
急に現実が歪んで、足元から音を立てて崩れていった。





オレノ ヒメ ナノニ・・・・・・・。




裏切られた感覚。踏み躙られた未来。失った大切なもの。
俺の姫は、俺に王子としての権利を与えなかった。


その事実が受け入れられない。
心の中の冷静な部分がどんなに諭そうとしても、思い出にしがみ付いたままの幼い部分は聞き入れようとしない。
相反する2つの心の間で、俺は揺れた。





でも結局、俺はおまえが好きなんだ。
これは変えられない真実。たとえ神様だってこの想いを消し去ることはできないだろう。






分かってる。俺だって十分に「現実」というものを見てきたのだから。


絵本は所詮おとぎ話。
だからこそ、数々の奇跡が乗り越えられたんだ。
たった一人で世界の果てから帰ってくるなんて不可能だし、帰ってくるかどうか分からないような相手を信じて待ち続けることなんて、現実にはできるはずがない。
すべておとぎ話の世界だからこそ成り立つことだって分かってる。




ただ、俺は信じたかっただけなんだ。
この世の中には「奇跡」が存在するんだと。
遠く離れてしまっても、お互いを想い合うことは可能なんだと。






でも、そんな俺の身勝手に、おまえを巻き込んじゃいけないよな。
おまえにはおまえの気持ちがあって、おまえの未来がある。
その邪魔をする権利は俺には、ない。









それなら、
俺の大好きなあの笑顔を守るために、俺にできることは何だろう。



ここに辿りつくのは、俺にしては早かったんじゃないかと思う。
「現実」を十分すぎるほど見てきたことが、ここで活きたのかもな。







そして俺は「親友」という名の「恋愛相談の相手」となった。
最初のうちはあいつのことを聞かされる度に胸が張り裂けそうに辛かったけど、それでも彼女の嬉しそうな、幸せそうな顔を見ることで「これでよかったんだ」と納得していった。












もし俺が王子なら、きっと俺にとって彼女はこれからもずっと「姫」なのだろう。



だから、
願わくは姫の幸せを望んでやれる異国の王子でありたいと思う。


おまえにとっての王子は俺ではないから。
おまえが、おまえの国の王子と幸せになることを心から祝福できる、遥か彼方の国の王子として・・・・・。




いつかこの想いがただの強がりなんかじゃなく、本物となれるように願おう。
それまではこの胸の真実を包んだベールをきつく、きつく結ぶ。
決して解かれることのないように。