クリスマスの奇跡




今日はクリスマスイブ。例年通り理事長の自宅で盛大なパーティーが開かれる。
高校3年生で理事長の生徒に当たる少女・雨宮すずもまた例に外れることなくそのパーティーの出席者である。






・・・受験生にとってはパーティーどころじゃないんだけどね。






そんな本音は胸の奥にしまって、すずはそのパーティーのためのプレゼントを買いに、商店街へと来ていた。


それにしても誰に当たるか分からないプレゼントなんて、どうやって選んだらいいのよ?
・・毎年毎年、このプレゼント選びには苦労させられるなぁ。


パーティーでは参加者のプレゼントが無差別に参加者に配られるというシステム。
つまり、自分のプレゼントが誰に当たるか分からないし、自分のところに誰のプレゼントが来るのかも定かではない。
だからこそプレゼントの物色は一苦労モノなのだ。


「うーーーーん・・・・」


過去2回の経験から言って、女の子に当たる可能性は低いのよね。・・2回とも男の子だったし。


雑貨屋を2、3巡って頭を捻るすず。


やっぱり贈る相手が分かんないと考えようがないよ。


そんなことを考えながら次のお店に足を踏み入れた。
この店内もクリスマス一色に飾られている。そんな中で数人の女性客が店内のものを物色していた。皆その顔つきは真剣そのものだ。


恋人へのクリスマスプレゼントを選んでるのかな・・・。


そう簡単に分かるほど、その客たちは売り物を手にとっては念入りに吟味していたのだ。


「いいなぁ・・・」


ふとすずの口から漏れた本音。








すずには想い人がいた。
相手は他校である羽学の生徒。名を天童壬という。
去年の春に街で偶然出会った2人。その後も何度か出会い、次第に仲良くなっていった。

天童とすずが最後に会ったのはすずの通う高校・はば学の学園祭だ。
無理矢理約束を取り付けたのはすずだったが、天童は約束どおり学園祭に来てくれた。

それというのも、以前はば学の前で天童と落ち合ったとき、周りにいた生徒たちに陰口を囁かれたのだ。
すずが「気にすることないよ」と言っても、天童は暗い顔をしたままだった。
こんなことで天童との仲が気まずくなってしまうのはイヤだと思ったすずは、咄嗟に学園祭に来てくれるように約束を交わしたのだった。

学園祭に現れた天童はいつもの姿とは全く違う格好をしていた。
わざわざ変装してまですずを気遣ってくれた天童がとても嬉しかった。
だが、その帰り際、天童は言ったのだ。

「俺、もう来るのやめるよ」と。

もちろんイヤだった。
同じ大学を受験するのだし、一緒に頑張りたかった。
けれど自分のためを思って言ってくれている天童の真剣な瞳を見ていたら、そんなことはとても言えなかったのだ。

だからすずは「わかった」とだけ言った。








あれからすでに1ヶ月以上がたっている。
今までもそんなに頻繁に会えていたわけではないが、それでも「今日は会えるかもしれない」なんて密かな期待を抱くことができた。
しかし、はっきりと「受験まで会わない」ことを言われている今の自分は、そんなワクワクするような気持ちさえ味わうことはできないのだ。

唯一の支えは「一緒に受験しよう」と交わした未来への約束。
それがあるからこそ、自分も受験に向けて頑張ることができている。




ただ、それでもふとした瞬間に寂しさが募るときもあるのだ。






クリスマスなんてなければいいのに・・・。






そんな本音がつい口をついて出そうになる。
フルフルと首を横に振って気分を改め、すずはプレゼントを物色し始めた。










店内を歩き出して5分ほど・・・。
すずの目に止まったのはシンプルなステーショナリー。


天童くんも勉強頑張ってる頃だろうし・・・・。
いつも使ってるシャーペンを変えるだけでも、ずいぶん気持ちが切り替わったりするんだよね。


そんなことを考えながら、そのステーショナリーに手を伸ばしかけて、ハッと意識を取り戻した。


な、何考えてるのよ、わたし!!
今選んでるのは天童くんへのプレゼントじゃないんだから!


そう思い直して、伸ばしかけた手を素早く引っ込めた。
その後、すずは店内を1週し終えたのだが、なかなかコレと思えるものとは巡りあえなかった。
ずっと歩き続けて少し疲れてきたすずに、突然声が掛けられた。


「お嬢ちゃん」


咄嗟に自分のことだと分からなかったすずは、その数秒後にポンと肩を叩かれて驚きながら後ろを振り返った。
視界に映ったのは、一人の初老の男性だ。


「お嬢ちゃんもクリスマスプレゼントを選んでいるのかい?」
「は、はい・・。そうですけど」


見ず知らずの男性に声をかけられ、恐る恐る返事をすると、「おっと、これは失礼・・・」とその男性は自分がこの店の主人であることをすずに告げた。


「何やら難しい顔で先ほどからプレゼントを探しているようだったので、何かお力になれることはないかと思いましてな」


にっこりと笑ってそう続けた。その笑顔一つですずの緊張もだいぶ薄れた。
すず自身プレゼント選びが行き詰っていたので、主人の助け舟に喜んでつかまったのだった。


「実は今日パーティーがあって、それに出すプレゼントを探しているんですけど・・なかなかコレというものが見つからなくて」


正直に自分の気持ちを伝えると、主人は「なるほど」と頷いた。


「しかし、それなら答えは簡単じゃ」
「え・・・?」


すずが今まで悩んでいたことにあっさりと答えを出そうとしている主人に、すずはただただ驚きの声をあげた。


「何、簡単なことじゃよ。・・・今お嬢ちゃんがプレゼントをあげたいと思っている人への贈り物を選べばいいだけじゃ」


主人の答えはごくシンプルで正しかった。
が、すずはその言葉で余計に落ち込んだ気分になってしまった。

なぜなら、すずのプレゼントを贈りたい相手である天童壬は羽学生。パーティーに参加するはずがない。しかも次に会うのは受験の日という約束を交わしているのだ。
クリスマスプレゼントを渡せるわけがない。



しかし好意で自分にアドバイスをしてくれている主人にそんなことは言えず、「そうですね」と曖昧に微笑んだ。

すると主人は「大丈夫、クリスマスには奇跡が起こるんじゃよ」と告げた。

サンタクロースがいないことを知っている年齢のすずにとっては、ただの気休めとしか受け取れない言葉ではあるが、ただ主人の温かさが嬉しかった。
そんなすずの顔色を敏感に読み取った主人は、先ほどより心なしか声を強めて続けた。


「大切なのは気持ちじゃ。贈り物をしたいという純粋な気持ちが大切なんじゃよ」


気持ち・・か。
そうだよね。・・せっかくだもんあのステーショナリー買っていこうかな。
わたしが、贈り物をしたい人は1人だけなんだから。


主人の言葉に背中を押され、すずはクリスマスプレゼントを購入した。
もちろん本人に渡せる保障があるわけではない。
でも大切なのは贈り物をしたいと思える相手がいるということ。




今までのすずにとっては、クリスマスとはイベントではあるが、自分からは遠いことのように感じていた。クリスマスパーティーに参加していても、気分はどこか冷めていて・・・。
その理由が今瞬間的に分かったような気がした。
これほどまでに、クリスマスプレゼントを渡したいと思う相手が、クリスマスを一緒に過ごしたいと思う相手が今まではいなかったのだ。




「渡せるか」「渡せないか」が大事なんじゃない。「渡そう」とすることが大事なんだ!




キレイにラッピングされたプレゼントを受け取り、すずは足早に店を出て行こうとした。そんなすずの背中に向かって主人は言葉を投げかけた。


「『叶えよう』とする想いは、きっと叶うんじゃ」


紡がれた言葉にすずが振り返ると、主人はにっこりと微笑み「Merry Xmas」と言った。









店から一歩外へと踏み出すとそこは一面銀世界に包まれていた。


「雪・・・・だ・・・・・・」


しんしんと空から降る雪。さっきまでは降っていなかったのに、地面には薄っすらと雪が積もっていた。
すずが住む地域では雪は滅多に降らない。年に1,2回降る程度。しかも、ここ数年はホワイトクリスマスになった記憶はない。


まさに、奇跡。


不意に主人の言葉が思い出される。
何の確証もないが、クリスマスイブにはいくつもの奇跡が叶うのではないかと思えてくる。それほどまでに、すずにとってこの雪と主人の言葉は影響力が大きかった。


















「あんのバカ兄貴め!」


寒空の下、1人の青年がぼやきながら歩いていた。


「この寒い中、普通受験生に買い物行かせるかぁ?あいつ、俺が受験するってのゼッテー冗談にしか思ってねーな・・・」


スラリとした長身に整った容姿から、周囲の注目を集めていることなど全く気づかず、悪態をつきながら進んでいく。

視界に入るのはクリスマスのために装飾されたイルミネーションの数々。受験生である自分には関係ないものだと思っていても、ふと愛しい彼女のことを考えてしまう。


「あいつ・・今ごろ何してるかな・・・」


彼女に会えるのはあと2ヶ月ほど先のこと。それは自分で決めたことではあるが、彼女に会えないことで寂しさが募る日もある。
でも、彼女のために、彼女と共に大学に受かるために、自分の下した決断は間違っていなかったと今でも思っている。
全て自分が原因なのだから。大学に受かって、彼女の隣にいるのに相応しい相手になるまでは・・・そんな思いで彼は我武者羅に受験勉強に打ち込んでいるのだ。










もうすぐ、奇跡が起こる。
彼が角を曲がって、彼女が地面の上の雪にその一歩を踏み出して・・・。
次の瞬間、お互いの瞳にお互いの姿が映る。



これは、想いの強さが叶えた、ある奇跡のお話。